山道具日記

「山道具日記」流、お気に入りの山小屋の見つけかた~『山小屋の灯』

  • 写真 野川かさね
  • 2018年6月22日

連載「東京ではたらく」で、毎回生き生きと働く女性たちの姿を取材している編集者の小林百合子さんと写真家の野川かさねさん。実はその前の連載「山道具日記」でもお分かりのように「ホシガラス山岳会」として、登山や山小屋についても取材を続けています。6月18日、この10年の山小屋との出会いをまとめたフォトエッセー集『山小屋の灯(ともしび)』が刊行。著者の小林百合子さんに、山や山小屋の魅力、そして「取材する」ことについてもお話を伺いました。(&w編集部)

    ◇

――『山小屋の灯(ともしび)』ですが、まず表紙にぐっときました。薄暗い山の中にぽつんとたつ三角屋根の山小屋。そこにあたたかい光がともっていて、なんだかほっとします。

小林 まさに、私たちが10年間山小屋の取材をしていて思うことも同じなんです。つらく厳しい山を登り切って、「ああ、もう日が沈んでしまう……」という頃、遠くに山小屋の屋根と煙突から上がる煙、そして小さな明かりが見えてくる。山というのはどれだけ長く登っていても、どこかで怖さや心細さがあるものです。とくに疲れてくるとなおさら。そんな時に山小屋の灯を見ると、「ああ、守られているんだな」と思うんです。

――以前のインタビューで、小林さんは山岳雑誌の編集者時代に「山小屋で過ごす時間を楽しむ」登山の魅力に開眼したとおっしゃっていました。何かきっかけがあったのですか?

小林 私は山岳専門の出版社に入るまで、登山はおろかアウトドア全般とは無縁のインドア派でした。それでも山の本を作るのが仕事ですから、山に登らなくちゃいけない。それで、初取材で東京都の最高峰である雲取山(2017m)に、1泊2日で撮影に行くことになったんです。歩き出して数分くらいからつらくて、ずっと「帰りたい」と思いながら歩いていました。ちょっと泣いてたかも(笑)。

――登山デビューがそんなに苦しかったとは……。でも、初心者ならそういうことってよくあると思います。体力的にキツかったり、雨に降られたりして「もう登山はこりごり」と感じてしまう人も多いのでは?

小林 1日目、6時間ほど歩いてようやく山小屋に着いた時はもうろうとしていたと思います。でもなんと、その山小屋は山に湧く温泉をお風呂に引いていて、小さいながらも天然温泉を楽しめるというところで。ご主人はシカ猟をやる方で、夕食時には仕留めたシカの肉をふるまってくれました。

 その後は他の登山者の方々とストーブを囲んでお酒を飲んで。「なんだこのアットホームな感じは!」と驚きました。私はもともと中央線沿線にあるような寂れた居酒屋さんや喫茶店が好きなたちなので、山小屋のその雰囲気にキュンとしてしまったんですね。

――山小屋と聞くと、ベテラン登山者の場所とか、常連さんが集まって独特な空気感を醸し出しているのではとか、ちょっと「入って行きづらい」イメージなんですが……。

小林 それは山小屋ごとに違うと思いますが、常連さんがあれこれ世話を焼いてくれるようなことはよくあります。「てっきり小屋番さんかと思っていたけど、お客さんだったのね!」なんていうことも(笑)。人によってはそういう空気感に抵抗があるかもしれませんが、私はそういう点も含めて山小屋の文化だと思っていて、意外と好きなんです。例えば、下町の居酒屋さんで、一見さんが入りづらいようなお店ってありますよね。マスターもあからさまに常連をひいきするような。

――あります! でもそういうお店ってどこか味がある感じもしますよね。自分もいつか、さらっとそんなお店になじめるようになりたい……なんて思ったりします。

小林 まさにそういう感じです(笑)。山小屋というのは、みんなが平等に同じ距離を歩いて、しんどい思いをして登ってくる場所です。だからやっぱりご主人たちも、何度も繰り返し登ってきてくれるお客さんに対しては手厚いもてなしをしたいと思うんじゃないかなって思います。それは決してひいきではなくて「感謝」の気持ち。そういう風景をよく山小屋で目にしていたので、ある日、何度目かに訪れた山小屋で、「あら、また来てくれたの? よかったらビールでも飲む?」と主人に気安く声をかけてもらえたときは、本当にうれしかったです。

――おふたりのように、山小屋の方ともっとコミュニケーションを取りたいと憧れる方も多いと思います。お気に入りの山小屋を見つけて通ううちに、そんな風になれるものでしょうか?

小林 きっと大丈夫だと思います。私たちも取材だからといって最初から特別扱いということはほぼありません。どちらかというとみなさん一般の登山者を大切にされますから、私たちがお話を伺えるのはお客さんが寝静まった後。消灯して真っ暗になった台所で小さな明かりをつけて、ひそひそとお話するような感じです。でも時には一升瓶がどんと出てきて、長い酒宴になることも。そういう時間があるから、山小屋の取材はやめられないんです。

――大変だった山小屋の取材はありますか?

小林 『山小屋の灯』の中に、雲ノ平山荘という山小屋が登場するのですが、そこはおそらく日本で一番遠い山小屋だと思います。北アルプスの最深部にあって、どこの登山口からでも途中で1泊しなくてはたどり着けません。その小屋に電話で取材の申し込みをしたとき、ご主人から「取材は構わないけど、一度直接会って話をしましょうよ。その方がいい取材ができるでしょ」と言われました。それは至極当たり前のことで、街のレストランでもどこでも、いきなり来て店の歴史やらご主人の人生やらをあけすけに語れと言われても困ってしまいますよね。

――つまり、取材前にごあいさつに?

小林 そうなんです。富山の登山口から1泊かけて山小屋にお邪魔して、どんな意図でどんな取材がしたいのか。一晩一緒にお酒を飲みながらお話しました。すっかり意気投合して、それから1カ月後、また同じ道のりを登って、本番では5日間ほど小屋に滞在させてもらいました。信頼関係ができている分、とてもいい取材ができました。

――……近所のレストランとは違って、往復で3泊もかかる場所に、下見に!

小林 「山は登って来てなんぼ」と言いますか、こと山の取材では、そこに取材する側の熱意だとか姿勢が表れるんだなと改めて感じました。私は山以外にも人物やお店、あらゆるテーマを取材していますが、山小屋の取材を通して、「取材する」ということの意味や、取材者が大切にすべき態度というものを教えてもらったと思っています。それは野川さんもきっと同じで、彼女は決して自分本位な撮影というのはしないんです。

――野川さんの写真はどれも自然体というか、山小屋の風景もさりげなくて、それでもどこか人の気配がして温かみがありますよね。

小林 例えば山小屋の台所の中を撮りたいと思っても、こっそり撮影したり、ズケズケと入っていったりは絶対しなくて、いつも外からじーっと見つめてるんです。するとご主人が気づいて「何か面白いものある?」って(笑)。そこから会話が始まって、信頼関係ができ上がったところで初めて台所に入れてもらう。野川さんはいつも「台所に招き入れてもらえる瞬間が一番うれしい」と言っています。私が「ビールでも飲む?」と言ってもらえるのと同じですね。

――なるほど、山小屋取材の裏側には面白いお話がたくさんありそうですね(笑)。最後に、これから山小屋に泊まってみたいという方にアドバイスがあればお願いします。

小林 本でも紹介していますが、山小屋の中にはロープウェーでアクセスできたり、バス停から徒歩1分というアクセス至便なところもあります。まずはそういうところから泊まってみるのがいいのかなと思います。

 あとは「食事がおいしい」「絶景」「お風呂がある」など、自分好みのポイントがある山小屋を選ぶというのもおすすめです。ぜひお気に入りの山小屋を見つけて、行きつけの喫茶店や飲み屋さんのような気分で出かけてみてください。気づいたら「ビールでも飲んでってよ」なんて、常連の仲間入りになれるかもしれません。

*7月2日(月)の19時より、蔦屋書店代官山にて、小林さんと野川さんによる刊行記念トーク&サイン会が開催されます。イベントでは野川さんのスライドショーや山の歌の合唱、まだまだ聞きたい山小屋取材の裏話なども。詳細とお申し込みはDAIKANAYMA T-SITEのホームページにて。

BOOK

『山小屋の灯』

『山小屋の灯』(山と渓谷社)
小林百合子 文 野川かさね 写真

「山小屋」という響きにどこか憧れを持ってしまうのはなぜでしょう。
本書は山小屋をこよなく愛し、全国の山小屋を訪ね歩いてきた編集者と写真家によるフォトエッセー集。
東京から日帰りでふらりと登れる高尾山、静かな森歩きを楽しめる北八ヶ岳、温泉を楽しめる東北の山。山々が果てしなく連なる北アルプス最奧まで。山が違えば山小屋のたたずまいも変わり、出会う人も様々です。本書では著者たちが2年間に歩いた山と滞在した山小屋16軒について情感豊かに、ときにユーモアたっぷりにそのエピソードが語られます。
税込1728円

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PROFILE

小林百合子(こばやし・ゆりこ)編集者

写真

1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

野川かさね(のがわ・かさね) 写真家

写真

1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。
http://kasanenogawa.net/

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