川島蓉子のひとむすび

<45>カプセル+“トランジットサービス”というデザイン。「ナインアワーズ」(後編)

  • 川島蓉子
  • 2018年7月4日

「ナインアワーズ竹橋」 モダンなデザインのカプセルが並んでいます Photo: Nacasa & Partners

前回は、港区にできた「ナインアワーズ赤坂」をご紹介しました。「都市生活にジャストフィットする宿泊の機能を備えた、新しい滞在価値を提供する」をうたったカプセルホテルが「ナインアワーズ」。いわゆるカプセルホテルが持っているイメージを変えるような、独自性のある空間です。

第1号店である京都をはじめ、竹橋、赤坂、浅草のほか、新大阪、成田空港と広げてきた「ナインアワーズ」最新の場が赤坂。それぞれが異なるコンセプトということで、個性豊かな顔ぶれになっているのも、利用してみたいと思わせる魅力のひとつになっています。

これを仕掛けたのが、株式会社ナインアワーズの代表取締役ファウンダーを務める油井啓祐さん。どんな人なのか、どんな思いを抱いて「ナインアワーズ」を広げてきたのか、賭する思いを聞いてみました。

株式会社ナインアワーズの代表取締役ファウンダーを務める油井啓祐さん Photo: 鈴木愛子

油井さんのお父さんは、秋葉原でカプセルホテルを経営していました。「自分はまったく興味がなかったので、大学卒業後、ベンチャーキャピタルに就職し、それなりに景気のいい生活を送っていました」。

ところが1999年、お父さんが急逝したことで、家業を継ぐかどうかの判断を迫られることになりました。しかも、事業がうまくいっていなかったので、5億円もの負債を抱えた状態でのことです。「カプセルホテルを運営していく仕事は、全然好きじゃなかったのですが、親がやってきたことを否定できない気持ちもどこかにあって、継ぐことに決めました」。

必死で財務の調整とリストラを図って負債を圧縮しながら、「既存の建て直しだけでは追いつかない。ゼロから生み出す事業を何か興さなくては」と真剣に考えるように。ツテをたどってデザイナーを探し、プロダクトデザイナーの柴田文江さんと出会ったのです。そして一緒に、「世の中にないサービスを提供する場」をデザインするところから始めました。

建物や内装といったハードな部分で「かっこよさ」や「ゴージャスさ」を提案するのではなく、「根本的なコンセプトを見直し、オンリーワンになれるような事業をデザインしようと思ったのです」と、油井さんは言います。

そして生まれたのが「ナインアワーズ」。1h(汗を洗い流す)+7h(眠る)+1h(身支度)=9hというコンセプトのもと、この三つの機能に特化して追求し、上質なレベルのサービスを提供するカプセルホテルを作ることにしました。

肌触りが良く寝心地の良い寝具にもこだわりました
Photo: 鈴木愛子

機能に特化するとは、どういうことを指すのでしょうか。たとえば「眠る」ための空間に徹するために、ベッドルームにあたる、いわゆる「カプセル」からテレビなどを排し、寝具や照明などにこだわりました。照明はパナソニックと工夫を重ね、寝具は西川産業と一緒に、上質なエジプト綿を作った触感の良いものを、オリジナルで開発したのです。

シャワールームでは「汗を洗い流す」場として、清潔でコンパクトなシャワースペースにし、天然香料を使用したシリコンフリーのオリジナルシャンプーを配しました。

機能性と使い勝手に配慮したシャワースペース
Photo: Nacasa & Partners

低額で素っ気ないサービスや、わい雑な装飾に満ちた従来のカプセルホテルでもない、かと言って、高額なおもてなしや華麗な装飾をまとったラグジュアリーホテルでもない、そんな新しい場を目指したのです。

そして、京都に第1号店をオープンしたのが2009年12月のこと。価格に見合った心地良いサービスや、機能を最適に収めた簡潔な空間というユニークさが脚光を浴び、マスコミでも随分と取り上げられました。

ところが、経営という視点では、決して順風満帆ではなかったのです。「僕の中で、少しいい気になっていたところがあったのかもしれません。ものすごいワンマン経営をしていたので、なかなか人が付いてきてくれなくて……」。油井さんは、率直にそうふり返ります。

「何のために『ナインアワーズ』を始めたかというところに立ち返った時に、新しい概念を、ビジネス化して広めていくことだと気づいたのです。そのために一人でできることは限られている。皆と一緒にやっていかなければと思いました」

結果、経営体制を強化して合議制にし、“従業員とともにやっていく意識”を持つように、ベッドメーキングといった実務を手伝うなど、自分自身の気持ちを切り替えようと努めたのです。

どちらかというと悪循環に陥っていた状況は、好循環へと転換していきました。そこから徐々に出店も進み、業績も上がっていったのです。京都店から4年後、第2号店を成田空港に出すことができ、そこから「ナインアワーズ」は軌道に乗り始めました。

日本全国、いずれは海外に向けても“トランジットサービス“を提供していこうと夢は広がっているそうです Photo: 鈴木愛子

そして、「出張や旅行、残業といった、都市における移動の通過地点的な要素における“トランジットサービス”」という、当初から抱いていたコンセプトがかたちになり、将来へ向けた可能性も見えてきました。

「さまざまな都市空間において、24時間稼働している『ナインアワーズ』は、さまざまなニーズに対応できると思っています。ハードに働くビジネスパーソンが昼間に少し仮眠を取りたいとか、シャワーだけ浴びたいなど。またロケーションによっては、機能を増やしていいのかもしれません。スパなどの温浴施設やスポーツクラブを併設したり。基本機能は睡眠とシャワーですが、ニーズに応じて他の機能も盛り込んでいこうと考えています」

油井さんが広げている夢は、前回ご紹介した赤坂のコーヒーショップをはじめ、時代の流れにフィットしていると感じました。「ナインアワーズ」がどんな進化を遂げていくのか楽しみです。

■ナインアワーズ

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PROFILE

川島蓉子(かわしま・ようこ)

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伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト。
1961年新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科修了。多摩美術大学非常勤講師。日経ビジネスオンラインや読売新聞で連載を持つ。著書に『TSUTAYAの謎』『社長、そのデザインでは売れません!』(日経BP社)、『ビームス戦略』(PHP研究所)、『伊勢丹な人々』(日本経済新聞社)などがある。1年365日、毎朝、午前3時起床で原稿を書く暮らしを20年来続けている。
ifs未来研究所 http://ifs-miraiken.jp

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