パリの外国ごはん

パリパリの春巻き1本だけを買う喜び。ベトナム料理「Minh Chau」

  • 文・写真 川村明子 イラスト 室田万央里
  • 2018年7月10日

パリ在住のフードライター・川村明子さんと、料理人の室田万央里さんが、いま気になるパリの外国レストランを訪問する連載「パリの外国ごはん」。今回は昔からあるという小さなベトナム総菜店です。一口食べたら微熱があることも忘れるというパリッパリの揚げ春巻、そのおいしさの秘密は……?

ミン・ショウ。このお店は、ずっとある。初めて訪れたのはまだユーロになる前、フランの時代だ。日曜大工品が豊富にそろうデパート“BHV”の裏手、マレ地区の中心へと続く小道の小さな小さなベトナム総菜店。イートインもできる。いつかこの連載でも訪れたいと思っていた。前回、前々回と女性の気配りを感じる外国ごはんを食べて、ミン・ショウも行きたいよねぇと2人で話していたところに、スケジュールの調整が難しくて今回は別々に食べに行くことになり、ひとりでも行きやすいしちょうどいいね、とミン・ショウに決まった。

昔は“お母さん”然とした女性が店頭に立っていたけれど、久しく行かない間に若い女性に変わっていた。中華の総菜店は、パリの街角のどこにでも必ずと言っていいほどあって、街の規模から言ったらそれこそコンビニ並みの数だ。その大半が、店に入るとショーケースがあり、ほんの少しだけふちに深さのある料理の盛られた四角い平皿がダーっと並んでいて、注文をすると、持ち帰りならプラスチックの器に入れて、イートインならお皿によそってレンジで温めてくれる。

おかずが並ぶ様子は窓から見ることができる

でも、ミン・ショウにはこのショーケースがない。ステンレスのケースに入れられたおかず類が窓際に並べられている。そしてなんといっても目を引くのが、ベトナム料理店で出される“ネム”の2倍ほどもありそうな、一般的な生春巻きと同じくらいの長さに見える揚げ春巻きだ。

いかにも香ばしそうな揚げ春巻き、ネム

店内に入ると、これ見よがしなアジアっぽい装飾があるわけではないのに、そして湿っぽい熱を帯びたアジアの空気があるわけでもないのに、なぜだか独特のゆるさとぬるさがそこはかとなく漂っていて、一気に肩の力が抜ける。本当にコンパクトな作業台とレジ、窓際の料理を並べた台、それに10席くらいしかないように見えるけれど実際は20席あるテーブル、左手奥には、飾りでとってあるのか? と思いたくなる実用的かは疑わしい、ものすごく幅の狭いらせん階段があって、正面奥に洗い場がある。

空いている席に座り店内全体を見回せば、どこのお店にもあるあのショーケースってすっごく場所をとるんだな、なんて思うほどにこの店は小さい。

シンプルなメニュー

A4大のシート1枚に収まっているメニューは左に料理、右半分にデザートと飲み物が書かれている。お店の規模に比例したコンパクトなメニューで目を見張るのは、そのお値段。前菜の生春巻きrouleau de printempsと揚げ春巻きpâté impérial(nem)は各2,90ユーロ、カニのパテpâté au crabeが3,50ユーロ、メインの牛肉サテソースboeuf à la sauce saté、豚肉コショウ風味porc au poivre、鶏のレモングラス風味poulet à la citronnelle 各5,50ユーロ、炒飯riz sautéは2,80ユーロ。前菜とおかず一皿にごはんで11~12ユーロ。カフェのサラダ・ニソワーズが15ユーロすることも少なくないパリの物価からすると、非常に手頃だ。

どうしようかなぁと悩んだ。日による(あるかどうかは)、と、かっこが付いている北京ダックと鶏肉のグリルに大いにひかれた。けれど微熱があってせきも出ていたから、鶏のショウガ風味poulet au gingembre をとることにした。それに、来る前から決めていた揚げ春巻き、野菜炒めlégumes sautésに炒飯。

具がぎゅっと詰まったネム。タレをつけずにまずひと口

まずは、ベトナム揚げ春巻き“ネム”から。ひと口かんだ時点で、自分に微熱があるなんてことはすっかり忘れた。すごいんです、バリバリバリっと音を立てる迫力が。そしてぎゅぎゅぎゅっと詰まった春雨とひき肉。たまに感じるシャキッとした食感はキャベツだろうか。しっかり味が付いていて、甘酢ダレを全く必要としない。タレをつけると、皮がしっとりしてそれも良いのだけれど、私は香ばしさとコショウの効いたタレなしバージョンが断然好きだ。

食堂ごはんを自分でアレンジ

続いて、残りの3皿がやってくる。イメージしていた食堂ごはんの趣で登場してうれしくなった。普段なら鶏肉でもレモングラス風味を選んだと思う。たっぷり混ざっている千切りのショウガがなんだか新鮮だった。パリでは千切りのショウガをあまり見ない。同時に、お弁当のおかずで入っていそうな色に懐かしさを感じた。食べたら、本当に懐かしい味だった。祖母が生前よく作ってくれたカツオのショウガ煮にそっくりだった。特にちょっとパサパサした胸肉の部分。着いたときからすでに脱力していたけれど、もうこれで一気に、少し休もうか、という気になってしまった。

千切り生姜がたっぷりの鶏肉のおかず

野菜炒めは、白菜、キャベツ、セロリ、にんじん、ネギ、コリアンダー

甘じょうゆだしこれは白いごはんにすべきだったかなぁと思いながら炒飯を食べると、淡い味付けで余計な心配は無用だったようだ。野菜炒めも同様に、優しい味。塩もみしてから炒めてるのかなと思うシャキシャキ感で汁気がなく、炒飯と交互に箸が進んだ。どれもが期待を裏切らない総菜感にあふれていて、すばらしい~と心の中で拍手をしながら、ランチ営業終了の10分前にやってきて、「今日も5分コースね」と店頭に立つ女性と挨拶をかわし、勝手知ったる様子で席について早々に揚げ春巻きを食べ始めた、週に何度も来ていそうな男性と、その2人の会話をしている様子を眺めた。

油っぽさを感じない、優しい炒飯

お会計をするときに「ネム、すっごくおいしかった! どうやって温めたら、あのバリバリ感を残せるの?」と聞いたら「温め直してない! うちは温め直さない!」と思わぬ答えが返ってきた。「え? でも十分温かかった」と不思議に思って呟くと「ネムはすごく出るから、上で揚げた、揚げたてがここに置いてあるの」と笑顔で言う。もしやこのらせん階段の上が厨房?  確かに、あのステンレスの深さのあるバットを持ち運んでいた。「全部上で作っているのですか?」「そう、上で!」。なんと?! この連載の掲載ページを見せながら、初めて来たのはまだフランの時代だったことを伝えた。すると「じゃあ、お母さんが立ってた時代ね」というので「あなたは、あのお母さんのお嬢さん?」と聞くと「そう」。「じゃあレシピは全部お母さんから受け継いだもの?」「そう。でも私はお母さんからだけど、お母さんはおばあちゃんから教わってるから、おばあちゃんのレシピよ! もう50年近く、お店は続いてるから」と満面の笑みで言った。オープンしたのは1970年の終わり頃らしい。

春巻きは熱かった。でもおかずも炒飯もぬるかったのだ。それで、食べている間じゅう耳を済ませて、電子レンジの音がしない、と気にかかっていた。野菜炒めは塩もみなんかしていなくて、「かなりの強火でじゃっと炒めてるだけよ。強火がポイント、そうしたら水分は出ない」と言っていた。それを温め直していない。それで少ししっとりした歯ごたえなのか。あのお弁当のような懐かしさと優しさのわけが、最後にわかった。

私は大学時代、正門の前にあったコンビニでしょっちゅうおやつに鶏の唐揚げを買っていた。活気のあるお肉屋さんにコロッケを見つけるとひとつ買って立ち食い。パリに来てからは、それがエクレアになって、ひとつだけ買って食べ歩く。この日ひさびさの再訪を果たしてから、すでに揚げ春巻き1本だけを2度買いに行っている。3時の閉店間際に駆け込みで。

間口も、店内も小さなお店

Minh Chau(ミン・ショウ)
10, rue de la Verrerie 75004 Paris
01 42 71 13 30
12時~15時、18時~22時30分
日休み

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PROFILE

川村明子(かわむら・あきこ) 食ジャーナリスト

写真

東京生まれ。大学卒業後、1998年よりフランス在住。ル・コルドン・ブルー・パリにて製菓・料理課程を修了後、フランスおよびパリの食にまつわる活動を開始。現在は執筆のほか、パリで活躍する日本人シェフのドキュメンタリー番組『お皿にのっていない時間』を手掛けている。著書に『パリのビストロ手帖』『パリのパン屋さん』(新潮社)、『パリ発 サラダでごはん』(ポプラ社)
日々の活動は、Instagram: @mlleakiko、朝ごはんブログ「mes petits-déjeuners」で随時更新中。

室田万央里(むろた・まおり) 料理人

写真

無類の食べ物好きの両親の元、東京に生まれる。
17歳でNYに移り住んだ後、インドネシア、再び東京を経て14年前に渡仏。
モード界で働いた後に“食べてもらう事の喜び”への興味が押さえきれずケータリング業に転身。
イベントでのケータリングの他、料理教室、出張料理等をパリで行う。
野菜中心の家庭料理に妄想気味のアジアンテイストが加わった料理を提供。理想の料理は母の握り飯。未だその味に到達できず。
Instagram @maorimurota

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