朝川渡る

朝川渡る 「手風」 第1話 四角いご飯

  • 文・央橙々 写真・井上佐由紀
  • 2018年7月9日

短編連載「朝川渡る」が始まりました。

人言(ひとごと)をしげみ言痛(こちた)みおのが世にいまだ渡らぬ朝川渡る

万葉集 但馬皇女(たじまのひめみこ)の歌

万葉集から、但馬皇女の歌です。天武天皇の皇子と皇女で異母きょうだいである穂積皇子と但馬皇女が恋に落ち、人々のうわさになっているさなかに詠まれたとされるもので、ひと夜をともに過ごした後、人目につかないよう、朝の川を渡って帰る様子をうたったとも、あるいは何を言われても自分は恋の障害の象徴である「川」を渡ります、という強い気持ちをうたったものともいわれています。

翻って今、メディアでは、様々な形の恋愛がときにバッシングの対象として話題にされています。しかし、向けられた言葉の間からこぼれおちている何かがあるかもしれない……。そのような視座から、この連載短編小説の企画は始まりました。

1300年前と同じように、いま、朝、川を渡るような思いで恋を紡いでいるすべての人に。作家の央橙々(おう・だいだい)さんが、日常の中の小さな「朝川」の物語を紡ぎ、写真家・井上佐由紀さんの写真と一緒にお届けします。皆さまのご感想、そして皆さまの「朝川」体験も、ぜひお聞かせください。

    ◇

第1話 四角いご飯

 棘(とげ)とか傷とか、そういうちくりとしたものではない。
 異なる二色の絵の具が溶け合い、重なり合っているかにみえたのに、少しずつ分離して、マーブル模様のようにまだらになり、ああもうひとかき、混ぜ合わせなくてはと思っているうちに、気づいたら青と茶の二色にしっかり分離していた。よくみると、二色が重なりあっているところもわずかにあるのだけれど、その面積は年々限りなく狭まっていく。

 彼女は、夫との関係をそんなふうにとらえている。燃え上がるように好きになって、婚姻や出産や家族という形をなせた日々を、穏やかに感謝しあって。ご飯を作って、子どもに食べさせて、掃除、洗濯をして、仕事をして。毎日破産しそうな時間と必死に格闘して、気づいたら傷もほころびも何もないのに、マーブル模様に分離しはじめていた。そんな具合。

 女児というのはみんなこうなのだろうか。
 小学校に上がったばかりだというのに、娘の芽生は時々、ひやっとするほど嫌みなことを言う。無邪気ながらも、本質をついているので、みりみりとしたしこりになる。

 残業で遅く帰宅した夫に冷凍ご飯をレンジで温め直し、茶わんに盛ると、床に入る前の芽生が言う。

「パパのご飯、お箸でほぐしてあげないの?」
 四角く冷凍したままの形で、のせていた。痛いところをつかれて、彼女は苦笑いする。
「ああ、そうね」と、バツが悪そうに、四角の角を箸でほぐした。
「もっとふんわり、お山みたいにしてあげて? パパ、かわいそうだよ。おいしそうじゃないもん」
 いつもはしてるでしょ!と、7歳相手に声を荒らげる。疲れている日は、無邪気でデリカシーのない言葉が受け流せない。

「お、塩サバか。いいね」
 夫は、うれしそうにラップを外し、夕食を食べ始めた。ほら。パパはね、お魚が好きだから、ご飯が四角いくらい気にしないの。たとえ気になっても、文句なんて言わない優しい人なのと、子ども部屋に向かう娘に、心の中で言い訳をする。
「芽生は?」
「寝たよ」
「ふーん」
 わかりきった言葉をかわすのは、挨拶(あいさつ)のようなものだ。互いに大事なものの安否を確認して、たわんだ間(ま)をつないでる。
「お風呂は?」
「いいや。明日シャワーにする」
 缶ビールのプルトップに指をかけ、ソファにどかりと座る。プレミアリーグのチャンネルをつける。最近、スマホでもサッカーゲームに熱中し、ベッドにまで持ち込むことが多い。

 彼女はひとりバスタブに浸(つ)かりながら、考える。
──四角いごはん、優しいんじゃなくて、諦めてるだけなのかも。どっちでもいいって思ってるのかもしれないな。

 どっちでもいいのは、彼女も同じだ。

    *

 芽生が小学校へ上がる際、彼女は絵画教室や美術教育事業を手がける会社に、契約社員として再就職を果たした。小さな組織で、企画以外、営業から総務まで何でもやらされる。毎日覚えることだらけで、帰宅する頃には脳みそも皮膚も心も、絞りきった雑巾のようになっているのがわかる。

 家事と育児と仕事のバランスをとるのに手間取り、こんなことなら、出産でブランクを空けず、保育園のママたちのように働き続けておいたほうが良かったと少し悔いている。
 PTAで会う彼女たちは、じつに効率よく社会と家庭の折り合いをつけているように見える。働くママ仲間のコミュニケーションが構築されていて、娘が幼稚園出身の彼女は二の足を踏んでいる。声をかけたら入れてもらえるのだろうが、自分に余裕がないから怖い。新しい付き合いに付属しているストレスを、今は受け入れる余裕がない。

 働く母親と専業主婦。どちらの世界にも所属しきれない宙ぶらりんな彼女を、おおらかに支えてくれているのが夫だ。彼女が遅い日は、携帯サイトとにらめっこしながら慣れない料理にトライし、一つずつレシピを増やしている。土日は芽生を公園やプールに連れていく。疲れているのは同じだが、土日に体を動かしている方は、圧倒的に彼である。

 どんな家事より、子どもの相手が一番きつい。だからこそ、夫の元気がありがたい。おまけに彼女のほうは契約社員ながら、持ち越しの仕事を抱える日もある。

 今週末も案件を請け負っている。タッチセラピーについての調べ物だ。
 有料老人ホームの出張教室で、絵画や粘土などのアートセラピーの前に、高齢者の不安や緊張を解くタッチセラピーを採り入れようという話が持ち上がっていた。アート関連の出張サービスが飽和状態になりつつある高齢者ケア施設での、生き残りをかけた新策である。

 ついては、社員全員に学ばせるための予算を組むため、社内プレゼン用にタッチセラピーの効用をまとめよという課題を与えられた。

 これは両手で高齢者の手を優しく包み、じんわりとあたため、擦るような感覚で優しくなでてタッチする。タッチケア、タッチ療法ともいわれ、認知症などにみられる不安や焦り、抗うつ、攻撃的言動、不眠などの周辺症状を抑えたり、和らげたりすることができるといわれている。

「タッチすると、心理的、身体的にどんな気持ちの変化があるのか。いろんな文献があるから社内プレゼン用にレポートにまとめてほしいの。監修をお願いする予定の臨床心理士の先生には許可を得ているから、わからないことがあったらメールや、面談もできるので聞いてみてね。あ、それからお子さんやご主人に握手やハグをしてみて、あなたの心の変化や感想も書いてくれる?」

 新企画担当の女性上司から頼まれた。
 ずいぶん簡単に頼んでくれるな、と彼女は気が重くなった。
 結婚して子どもがいて働いているというだけで、なんでも持っているように見られる。小さな愚痴も、「あなたには家族がいて、相談できる相手がいるじゃない。そんな愚痴はぜいたく」という顔で、あからさまに流される。それに比べて独り身の自分はどれだけ不安が大きいかという相手の話に、すり替えられることが往々にしてある。

 宿題を出した上司の背中にそっと問いかける。
「私がなんでも持っているというあなたは、恋人といつキスをしました? ハグは? 私は7年間夫から触れられていない。手もつないでいないのに、どうやってタッチセラピーの感想を書けばいいんでしょう」

 旦那さんに触れて実験してみてと、簡単に言う上司の感覚はそのまま、世間のそれだ。手をつなぐなんて、普通にしていると思われている。
──むりだよ、そんなの。
 彼女はひとりごちる。あの日、決意して入った夫の布団で受けた傷がまだかさぶたになっていないのだもの。

>>第2話へつづく

*皆さまのご感想や、「朝川渡る」体験の ご投稿をお待ちしています。

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PROFILE

央橙々(おう・だいだい)

小説『セカンド・ラッシュ』(『サンキュ!』ベネッセコーポレーション)にて作家デビュー。

井上佐由紀(いのうえ・さゆき)写真家

写真

1974年福岡県柳川市出身。東京都在住。写真家。九州産業大学芸術学部卒業。写真スタジオ、アシスタントを経て独立。現在はライフワークとして生まれたばかりの赤子の目を撮影しています。うどんとコーヒーがすき。
コレクション:フランス国立図書館、サンフランシスコ近代美術館
http://donko.inouesayuki.com/
http://inouesayuki.com/

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