上間常正 @モード

作品としての本「イッセイさんはどこからきたの?」が示す、三宅一生の類い稀さ

  • 上間常正
  • 2018年7月13日

  

 「類い稀(まれ)な」といえば、三宅一生ほどこの形容がピッタリなデザイナーはいないだろう。服とは何か、服を着るということはどんなことなのか? そうした問いをどっしりと底に据えながら、その表現はデザインやアートのあいまいな壁、また国境をも軽やかに超える力と美しさを持ち続けている。なぜそんなことができるのか、三宅とはいったい何者なのか?

 1990年代に入ったころから毎シーズンのパリでの新作発表ショーや、国内外での展覧会や写真展、ショップ訪問、そして三宅関連の本などを通してそれなりに考え続けてきたのだが……。しかし変数が多すぎる超難解な方程式を解かなくてはいけないような感じで、答えはうまく見つけられないでいた。その上、問題そのものの三宅が、決して立ち止まってはいないのだから。

 三宅関連の本としては最新刊の「イッセイさんはどこからきたの?」(小池一子著、HeHe/ヒヒ刊、2017年)は、とてもいいヒントをいくつも与えてくれる。そして、この本そのものが何人もの才能が出会わないと生まれなかったもので、そうしたことを引き起こすという意味ではまさに“三宅的”なのだ。

 著者の十和田市現代美術館館長・小池は、アートディレクターとして数々の国際的美術展の企画や現代美術作家の発掘・紹介などの活発な活動を続けている。三宅が1971年にニューヨークで新人デザイナーとして海外初のコレクションを発表した頃からの友人で(小池はこのショーの受付を手伝った)、いわば半ば内側からみた三宅について、平明で簡潔な語り口で述べている。

 このショーでは、日本の繊維産業の生み出した最新の化合繊のボディーウェアと伝統的な刺し子や藍染めのパンツ、ジャケットとの軽快で存在感のある組み合わせだった。それは「1970年代以後の三宅の衣服デザインの方向を示唆し、現在の三宅の仕事に通底する要素を確実に表現していた」という。

 小池は、三宅が多摩美術大学でグラフィックデザインを専攻しながら人体がまとうメディアとしての服に興味を発展させて服飾デザインを始め、その作品が当時のプロの建築家やグラフィックデザイナーらの注目を集めたこと。また作曲家の一柳慧、高橋悠治が音楽を担当した服のプレゼンテーション(展示会)を開いたことなどを紹介。常にどこかで発想のプロペラが回っていて、それがどこかに急に発着する……としつつ、「一生さんはどこで生まれたの?というより、どこから来たの?と聞きたくなるのが彼だ」と書く。

 この本には、画家・横尾忠則がデザインしたイッセイミヤケのパリ・コレクションのショーチケットの原画写真が、日本語と英語の各章の扉絵として掲げられている。横尾は1977年から98年まで各2回ずつのデザインを担当したのだが、横尾が三宅とのこのコラボレーションを通して多彩に変化しつつ自らの死生観を深めていった軌跡をたどれるように思えてとても興味深い。

1979年春夏コレクションの招待状

1981年春夏コレクションの招待状

 三宅との関係は、71年のショーの時にたまたまニューヨークに滞在していた横尾が応援がてら駆けつけた頃からずっと続いているという。小池も同じ世代(小池、横尾は1936年、三宅は38年生まれ)で、ニューヨークでの米国側の協力者も含めて「ニューヨークと東京のポップ・ジェネレーションの出会いがそこにあった」という。

 三宅が日本の風土に根ざす衣服の源流を探りつつ、一方で現代の普遍的な都市着の創作を目指してハイテク素材などを開発したプリーツプリーズやA-POCのシリーズを展開してきたことなど、とても紹介しきれないほどの多彩な活動を簡潔な表現の奥に深い思いを込めて述べている。そして、三宅がパリで留学、修業をしていて1968年パリ5月革命と呼ばれた学生と市民の異議申し立てに遭遇し、後に「僕はなぜか社会の大きな変動期にその場に居合わせる。5月革命のパリ、天安門事件の北京、9・11のニューヨーク。時代の証人のようだ」との言葉を紹介している。

 「それぞれの場の現代史の沸騰(ふっとう)の様を凝視して、再び創作の場に立ち返る三宅の中でどのような思索の反芻(はんすう)がなされたか、彼の口から語られることも直接の行動で表されることもない。時が熟すと提示される次の作品にあらゆる思いは昇華されているかのようである」とも。

森岡書店での展示

 本の装丁は、キューピーマヨネーズやサントリーなど数々の名作ポスターなどを世に送りだしたアートディレクター浅葉克己が担当。シンプルで余白も絶妙な美しい仕上がりになっている。この本は本当の意味でスタイリッシュでアーティスティックな一つの作品とも言える。

  

 先月末から約1週間、この本を東京・銀座1丁目の森岡書店で売っていた。”ただ1冊の本を売る書店”という方針で、期間限定で一つの本しか置かないというやり方を続けているユニークな本屋だ。昭和5年に建てられ東京都選定歴史的建造物に指定されている4階建てのビルの一室で、情緒のある風情と現代の本との取り合わせがアーティスティックな印象があった。こんな余波を引き起こすのも、やはり“三宅一生の類い稀さ”なのだろう。

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PROFILE

上間常正(うえま・つねまさ)

写真

1972年、東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。88年からは学芸部(現・文化部)でファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化学園大学・大学院特任教授としてメディア論、表象文化論などを講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。

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