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<94>コーヒーと本で地元に憩いのひとときを 「CAFE OBSCURA」

  • 文 吉川明子 写真 山本倫子
  • 2018年7月19日

 地元の商店街の魚屋や八百屋で買い物する楽しみのひとつは、食材について教えてもらえること。商品選びのポイントや料理法、目利きの助言は頼りになる。コーヒーもまた、そんな地域に根差した専門店で買ってほしい――。

 東急田園都市線の三軒茶屋駅を拠点に店舗を展開する「OBSCURA COFFEE ROASTERS」は、そんな思いで地域密着型の店を続けてきた。その原点とも言えるのが2009年にオープンした「CAFE OBSCURA」。駅から徒歩5分、商店街を少し脇道に入った一角にある。

 コンクリートの壁に、板張りの床という小さな空間に、シンプルな木製のテーブルセット。厨房との仕切りを兼ねる本棚には、さまざまな本が整然と並んでいる。代表で焙煎(ばいせん)家の柴佳範さん(36)や中心的なスタッフが店のブランドや内装を決める時に参考にした写真集や建築家の作品集、個人的に好きな小説などがあり、「OBSCURA COFFEE ROASTERS」の世界観を垣間見るようだ。美しい装丁の本も多く、眺めているだけでも楽しい。

「駅から少し離れた裏通りにあり、ここで本当においしいコーヒーを静かに飲んで、時間をゆっくり過ごしてほしいというコンセプトでこの店を立ち上げました」

 シンプルな空間はそのためのもの、と語る柴さん。「三軒茶屋のコーヒーといえば……」とメディアで取り上げられることも多いコーヒーブランドに成長したが、もともとは気の合う仲間たちと何かを一緒にやりたいというところから始まった。コーヒー好きという共通点からカフェをやろうという案が出て、コーヒーそのものにとことんこだわった店へと方向性が定まっていった。三軒茶屋にしたのは、柴さんが近所に住んでおり、この近辺の雰囲気が好きだったからだ。

「コーヒーが好きというだけで、はじめは何も分かりませんでした。裏通りにある店といえばいい感じですが、みなさんに知ってもらうためにものすごく時間がかかったので、今から考えれば、表通りに出店するのがベスト。味にこだわっていればすぐ人気店になると思っていたのですが、甘かった(笑)」

 世界中のコーヒー農園を直接訪れて豆を買い付け、自家焙煎し、ていねいに淹(い)れて提供するまでを一貫して行う。それを飲食店やコーヒー専門店の経験がないまま、手探りで進めていったという。

「何もわからないのでトライ&エラーの連続。すごく歩みが遅くて、遠回りしたこともありました」

 今ではさまざまな国のコーヒー生産者とつながりができ、定期的に彼らの元に足を運んで品質向上のための話し合いを行うほどに。強い信頼関係がうかがえる。各農園の個性を活(い)かしたクリアな風味をベースに、浅煎(い)りから深煎りまで、幅広いレンジのコーヒーをそろえたところがこの店の強みだという。

「私たちは世代的に喫茶店が大好き。かつての喫茶店は深煎りが主流で、そのテイストで育ってきました。一方、ブランドを立ち上げた頃に浅煎りが出てきたのですが、これはこれの良さがあります。両方いいなと」

 「CAFE」のほかに、焙煎所である「FACTORY」(一般販売はなし)、焙煎したての豆を販売しコーヒーのテイクアウトもできる「LABORATORY」、豆とともに、家庭で使えるコーヒーの器具やギフトなどもそろえた「MART」を近隣で営業。いずれの店舗にも本棚を作った。

「コーヒーを味わいながら、静かな時間を過ごすのに本があるといいですし、販売のみの店舗であっても、本は店に必ず置いておきたいなと思って」

 来年で10年という節目を迎えるが、コーヒーを作る方は全くの素人だったというスタッフたちは、味へのこだわりというよりは、純粋に“好奇心”によって突き動かされてきたと振り返る。みな三軒茶屋が好きで、住まいもこのエリア。自分たちの生活と地続きのところで、三軒茶屋にさまざまな形態の拠点を増やしながらブランドを確立させていった。

「三軒茶屋にもっと根付いたお店にしたいですね。昔、魚屋で魚を買う時に食べ方を店主に聞いたように、うちでもコーヒーの抽出方法や豆のことをもっと気軽に聞いてほしい。カフェでは十分な時間が取れないから、『MART』を作ったというのもありますし」

 客の約8割は地元客という同店。ふらりと立ち寄って本を読みながらコーヒーを味わい、自宅用の豆を買って帰る。人々の生活に静かに寄り添う店として、すっかり三軒茶屋になじんでいる。

おすすめの3冊

■おすすめの3冊

『Dazaifu』(写真/春木麻衣子)
写真家の春木麻衣子さんが撮り下ろした、太宰府天満宮の写真集。「春木さんの作品を好きになったのは、この写真集がきっかけ。今、カフェ以外の全店舗に春木さんの写真を飾っているほど。万人受けしそうなシンプルな写真なんですけど、クセだらけなところがいいですね」

『Donald Judd: Early Works 1956-1968』(著/Walther Konig)
アメリカで画家、彫刻家、美術家、美術評論家として活躍した、ミニマル・アートを代表するドナルド・ジャッドの作品集。「もちろん、ドナルド・ジャッドの作品自体が好きなのですが、これはなんといっても装丁がかっこいいですよね!」

『Dries Van Noten』(著/Pamela Golbin、訳/Richard G. Lomax)
2014年にパリ装飾美術館で開催されたDRIES VAN NOTEN, INSPIRATIONS展の図録。「ドリス・ヴァン・ノッテンが手がける服の背景が見える一冊です。デザイナーのインスピレーションの源なんてなかなか見られないので、この本はすごく貴重だと感じています」

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CAFE OBSCURA
東京都世田谷区三軒茶屋1-9-16
http://obscura-coffee.com/
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