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<95>畑違いの挑戦、「駅前書店」の復活劇 「Books & Café TOKIWA」

  • 文 吉川明子 写真 山本倫子
  • 2018年8月2日

 JR北浦和駅周辺は昔から文教地区として知られている。都心へのアクセスもいいことから、近年ではマンションの建設が進み、新しい住民も増えているという。しかし、ながらく駅周辺に書店がない状態が続いていた。

 かつては駅の西側に1店、東側に2店あったが、次々と閉店。駅東側にあった「サンブックス」もその一つだ。敷島建設という会社が自社ビルの1、2階で営業していたが、90年代後半に閉店してしまったという。

 昨年11月、「サンブックス」のあった場所に、「Books & Café TOKIWA」がオープンした。同社が自社ビルを建て替えた時に、再び書店を作ることに決めたのだ。その裏にはさまざまな出来事があった。

「私が高校生の頃、当時社長だった父が『駅に近くて場所がいいから』と書店をはじめたんです。大学時代、私は父に頼まれて、取次会社に行く時に車を出したりしていました」

 そう話すのは、同社代表取締役社長で、この店の立ち上げを決めた松尾雅人さん(55)。大学卒業後サントリーに就職し、マーケティングを中心に自身のキャリアを重ねていた。ところが2011年に、父と母が相次いで突然の病で他界してしまう。

「父が会社を経営していたのですが、亡くなった時もそれなりの業績を上げていました。企業としてまわっている会社をたたむのは難しく、私がサントリーを退社して継ぐことに決めたのです」

 祖父の代から続く建築会社。松尾さんは食品・酒類の総合メーカーから、全くなじみのない世界に飛び込むことになった。しばらくして老朽化した自社ビルの建て替え話が浮上。父にとって思い入れのあるビルで、まだ書店の看板も残っていたという。だが、松尾さんは当初、1、2階をテナントとして貸そうと考えていた。

「たまたまこのビルの施工会社で働いていた一人が、昔、この書店でアルバイトをしていたというんです。そして、近所の人からも『駅前に本屋がないから不便。またやって』という声が上がっていました。そんな話を聞くと、本屋をやってみてもいいのかなと思ったんです」

 松尾さんは悩んだ末、1階だけテナントとして貸し、2階を書店にすることに決めた。自社物件なので、家賃がかからないというのが大きかった。そして、店にはカフェを併設することにした。

「私には『できないことはやるべきじゃない』という考えがあります。書店は父を通して知らないこともなかったし、カフェはサントリー時代に飲食店の営業をしていたこともあったので、ブックカフェならできるかなと。また、ネットで欲しい本を取り寄せられるこの時代に、本屋に行く目的は本を探すこと。カフェがあれば、来てくれた人にゆっくり過ごしてもらえますから」

 実際に書店をオープンして松尾さんが気づいたのは、「本は思った以上に売れない」ということ。でも、「世の中には面白い本がたくさんあって、ちゃんと伝えればきちんと売れる」という実感もあった。はじめは取次からの配本をベースに棚を作っていたが、松尾さんは、家業の会社経営の傍ら、時間を見つけては選書に取り組むようになり、少しずつ入れ替えていった。

「小さい店なので、漫画や学習参考書は置かず、旅や料理、趣味性を重んじるものを増やしていきました。もともと本が好きでしたので、他の書店もリサーチして、面白いと思った本を仕入れています」

 客に「おすすめの本」を教えてもらい、推薦コメントを冊子にまとめる企画も立ち上げた。おすすめコメントを冊子にまとめて、そこで紹介した本を集めた特設コーナーを設置。感動をシェアできる仕組みだ。

「お客さんから教えられることは本当に多いです。新刊はどこでも買えますから、既刊でいい本をそろえていきたいですね」

 松尾さんのその言葉どおり、小さな書店ではあるものの、棚に並ぶ本を見ていると、こだわりのあるセレクションだということがしっかりと伝わってくる。店内には妻の恵子さんが選んだ雑貨も随所に置かれ、関連する書籍と連動したコーナーもある。

「夫は基本的に何もしゃべらないので、本屋をやることを知ったのもギリギリ。でもそういう夫だから、いつもいざという時に備えているんです」

 そう笑う恵子さんはカフェコーナーのケーキづくりも担当。当初は週末限定だったが、好評のため平日でも提供することに。趣味のケーキづくりはもちろんブックカフェに備えてのものではなかったが、この店でも松尾さんをしっかりと支えている。

 書店が消えて久しい北浦和駅前に甦(よみがえ)った、小さなブックカフェ。畑違いの挑戦だからこそ創り出せる空間がある。そんな自由な広がりが感じられた。

おすすめの3冊

■おすすめの3冊

『カラマーゾフの兄弟』(著/ドストエフスキー)
言わずと知れた、ロシア文学を代表する大作。「コメント不要の名作中の名作。村上春樹らの影響でアメリカ文学が読まれるようになりましたが、私が学生の頃はロシア文学がよく読まれていました。とにかくこの作品は読むべきです!」

『住宅読本』(著/中村好文)
“住宅名人”の建築家が考え抜いた「居心地のいいすまい」のための12の条件を、写真やイラストで解説した一冊。「中村さんの著作はどれもいいんです。奇をてらわず、基本を押さえた上で、いい家とはどういう家なのかということを丁寧に語っています。家を買おうとする人に特におすすめです」

『大和古寺風物誌』(著/亀井勝一郎)
飛鳥、白鳳、天平と三時代にわたる仏教文化の跡をたずねる随想集。「『神仏は観るものでなく、拝するもの。』という一文がこの一冊を表しています。若い頃に読んで、この歳で読み返すと改めていい本だと感じました。趣味がバイクのツーリングなので、奈良の古寺を巡ってみたくなります」

    ◇

Books & Café TOKIWA
さいたま市浦和区常盤9-20-12 敷島ビル2F
https://shikishima.jp/
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