東京の外国ごはん

香港スタイルは甘くて甘い「懐かしの西多士」 ~香港 贊記茶餐廳/ホンコン・チャンキチャチャンテン(香港料理)

  • 文・写真 宇佐美里圭
  • 2018年8月14日

卵をつけて油で揚げ、バターとはちみつをとろーり

数年前、野村麻里さん著『香港風味』の表紙を見てから、脳裏に焼き付いて離れない絵があった。四角いトーストの上に四角いバターが載せてあり、はちみつのようなものがとろーり……。なんなんだ、このおいしそうなものは?! よく見ると、サブタイトルには「懐かしの西多士(フレンチトースト)」。なるほど、これはフレンチトーストなんだ……、 こんなものが香港にあるんだ……。何年もずっと気になっていた。

しかし、東京にいてはなかなかお目にかかる機会はない。香港に行くチャンスもなかった。ところがつい先日、東京でこのフレンチトーストにお目にかかることができた!

JR飯田橋駅から徒歩5分ほど。駅を背に、九段下方面に向かう大通りを歩いて左手に少し入ったところに「香港 贊記茶餐廳(ホンコン・チャンキチャチャンテン)」はある。

オーナーのチャン・マンワイさん(74歳)は生粋の香港人。4年前に来日し、 贊記茶餐廳を開いた。舌をかみそうな名前だが、「茶餐廳(チャチャンテン)」とは、軽食を食べられる喫茶店の総称だそう。

いかにも“香港ローカル”っぽいカジュアルな雰囲気の店に足を踏み入れると、飛び交う言葉も広東語。出迎えてくれたオーナーのチャンさんが、びっしりと料理名が書かれたメニューを見ながら、さっそくおすすめの料理を紹介してくれた。

「フレンチトーストは、みんな大好きですね。日本のフレンチトーストとは全然違いますよ。2枚のトーストの間にジャムなどを挟み、卵をつけて油で揚げるんです。うちは自家製のピーナツバターを挟んだものと、カヤジャムという甘いペーストを挟んだものの2種類あります。家でも作れますけど、揚げるのが手間なので、お店で食べることが多いですね」

ふむふむと話を聞いていると、すぐに実物が出てきた。まさにあのフレンチトースト……!すでにバターが溶け始めていたので、急いではちみつをかけてナイフを入れる。「甘っ……!」。ピーナツバターにバターとはちみつが掛け合わされ、見た目以上に濃厚な味だった。甘いもの好きな私にもかなり甘く感じる。それでもどこかクセになるところがあり、ついつい口に運んでしまう。

すると、今度はさっとお茶が出てきた。「香港式ミルクティーです」とチャンさん。

ポップなかわいらしいカップに入ったそのお茶は、見た目はふつうのミルクティーだ。が、一口飲んでびっくり。めちゃくちゃ濃い! 聞けば、茶葉は5種類混ぜて使っているという。初めにミルクをたっぷり入れるのが香港式。「宗主国だったイギリスの影響で、香港では紅茶を飲む人が多いんですよ」と隣にいた香港人のスタッフが教えてくれた。

さらに「香港式コーヒーミルクティー」というのもあるという。え、コーヒー? もしくはミルクティー? どっちなんだ……と一瞬考えていると、飲んだことないでしょ?とうれしそうな顔でチャンさんが続ける。

「これはその名の通りコーヒーとミルクティーを半々で混ぜたものです。日本人にはなかなか受け入れられなかったけど、この前アサヒから商品が出ているのを見たんですよ!」

どことなく誇らしげだ。早速一口飲んでみると、味はミルクティーよりさらに濃い感じがした。意外といける。カフェイン×カフェインでなんだか元気が出そう。「香港のコーヒーは豆を煮るので油が少なく、味がちょっと違うんですよ」とチャンさんは教えてくれた。

「ポーローヤウ」(パイナップルパン)。パイナップルの味はしない

“香港版メロンパン”と言われる「ポーローパオ」やそれにバターを付けた「ポーローヤウ」、「エッグタルト」ももちろん人気だ。

「茶餐廳」だけあって、ラインナップはもちろんスイーツだけじゃない。常にお酒もあるので、おつまみになりそうな手羽先やフライドポテト、小腹を満たしてくれそうな麺やチャーハンなどもたくさんある。中でもチャンさん一押しなのが、「サテ ビーフ麺」。なんと、日本の「出前一丁」の汁なし麺に牛肉ソースをトッピングしているという。

一押しと言われたら、食べないわけにはいかない。さっそく頼んでみると、麺に牛肉だけドンと載せられた潔い一品が出てきた。牛肉とソースの味が縮れた麺にしっかり絡んでいていい感じ。このジャンクさがたまらない!

「実は香港では出前一丁がかなりポピュラーなんです。出前一丁は1968年に日本で発売されてから、香港へもほぼ同時期に入ってきて、まず茶餐廳から普及したんです。だから今でも茶餐廳でよく食べられるんですよ。香港では10種類以上の味が売っています」

なんと! 出前一丁のあの“坊や”は、はるか昔に海を越え、香港で走り回っていたとは。

「サテ ビーフ麺」は出前一丁の麺を使っている

それにしてもこのお店、ランチ、カフェ、居酒屋といろいろな用途に使え、しかもお手軽な値段でおいしい。日本在住の香港人や香港好き日本人の間で火が付き、今や地元のビジネスパーソンの利用も多いというのもうなずける。

オーナーのチャンさんが日本にやってきたのは4年前のこと。そして同年、飯田橋のお店をオープンした。この場所を選んだのは、50年前に一度住んだことがあったから。

「実は1968年に初めて東京に来て、2年間文房具の会社で働いていたんです。その後70年に香港へ帰り、そこで自分の文房具の会社を立ち上げました」

チャンさんは10年ほどその会社を経営していたが、鄧小平政権下の中国が改革開放路線に移行すると、81年、新たな可能性を求めて中国へ渡った。 そして、83年、香港からほど近い深圳(しんせん)のホテルに就職。当時急速に増えていた、中国へ投資する会社のひとつだった。そこでチャンさんは飲食の仕事を覚え、それからはずっと飲食関係の仕事を続けている。最初の10年は深圳のホテル、その後20年は北京で茶餐廳を経営していた。

北京のお店を畳んだのは2013年のこと。故郷の香港へ帰るつもりだったが、冷静に考えると「帰っても何もすることがないな」と思ったのがきっかけだった。

「香港はとにかく物価が高いんです。マンションを買おうとしたら2億円以上するのが普通だし、新宿や渋谷のような繁華街で店舗をかりようとしたら、日本の10倍は家賃がかかります。だったら、物価が安く、昔住んだことのある日本に行ってみようかなと思ったんです」

日本にビジネスチャンスを見たチャンさんは、70歳にして1人で来日することを決意。家族を香港に残し、裸一貫で知り合いも友達もいない東京へやってきた。

まず足を運んだのは、昔住んでいた飯田橋だ。そこで駅をおりると、目の前に不動産屋があった。

「ぼんやりと考えていたのは、2階建ての一軒家を買って、1階をお店に、2階を住居にできたらいいなあということでした。でも、実際不動産屋で相談してみると、用意していたお金で4階建てのビルが一棟買えることがわかり……。思い切って買ってしまったんです」

私にできることは……

しかし、ビルを手に入れたものの、何をしたらいいのかわからない。1、2カ月そこに住みながら「どうしようかな」と考えた。そして悩んだ末、1階をお店に、2階から上をシェアハウスにすることにした。お店は北京でやっていたような茶餐廳でいくことにした。

「結局、できることをするしかないんです。私ができるのはそれまでやってきた香港スタイルの茶餐廳だけ。中華料理や日本料理はできません。だからメニューもインテリアも自分の知っている香港スタイルで進めました。マーケティングもなにもあったもんじゃありません(笑)」

それが、最終的には功を奏したのだろう。まずは香港人の間で「本当の香港料理が食べられる」と話題になり、遠くからもわざわざ電車をのりついでやってくる人が続出した。やがて香港好きの日本人や、地元のビジネスマンへと客層が広がり、なんと今年6月には吉祥寺に二店舗目がオープン、という成功ぶりだ。

それにしても。70歳になって、たった1人で異国に引っ越し、そこでビジネスを始めるとは……並大抵じゃないエネルギーがいるだろう。そう伝えると、チャンさんは笑ってこう答えた。

「香港の寿命は男女ともに世界一。まだまだ稼がないといけないんですよ(笑)」

現役バリバリ、攻めの姿勢を崩さないチャンさんは年齢よりもずっと若く見えた。

>>「香港 贊記茶餐廳」のフォトストーリーはこちらから

■香港 贊記茶餐廳(ホンコン・チャンキチャチャンテン)
東京都千代田区飯田橋3-4-1
電話:03-6261-3365


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PROFILE

宇佐美里圭(うさみ・りか)編集者、ライター

宇佐美里圭

1979年、東京都生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。ワールドミュージック誌、スペイン語通訳、女性誌、『週刊朝日』編集部を経て、『アサヒカメラ』編集部。料理研究家・行正り香さんの書籍を多数手がける。ラテン音楽、山、ワインが好き。

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宇佐美里圭(うさみ・りか)編集者、ライター

宇佐美里圭

1979年、東京都生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。ワールドミュージック誌、スペイン語通訳、女性誌、『週刊朝日』編集部を経て、『アサヒカメラ』編集部。料理研究家・行正り香さんの書籍を多数手がける。ラテン音楽、山、ワインが好き。

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