東京の台所

<アイルランドの台所 5>週末は5児の母。濃い4年間を支えた彼女の食卓

  • 文・写真 大平一枝
  • 2018年8月8日

〈住人プロフィール〉
マッサージセラピスト(日本人・女性・41歳)
賃貸テラスハウス・4LDK・キルフェノラ村(クレア県)
築年数不明・入居4年・パートナー(アイルランド人・47歳・言語造形家)、長女(14歳)、次女(5歳)の4人暮らし

    ◇

「やめるの、得意なんです」

 日本で洋服のデザイナーをしていた。沖縄の知的障害者による藍染めのTシャツを作ったり、廃棄処分の布をデザインに取り入れたり。やがて26歳でフェアトレードの雑貨や洋服を扱う店を姉と開く。

「最初は、アパレルブランドでプレス兼販売をしていました。アパレル業界は回転が早く、多くが雑誌に載った順から売れていき、載らなかったものは売れにくい。そして、売れなかった残布は、毎年t(トン)の単位で焼却されていきます。次第に、そういう環境に疑問を感じ始めました」

 子ども服にも、疑問を持った。ファストファッションの一見きらびやかに見えるあのような服が、本当に必要だろうか? 低価格を実現するため、大量に使われる綿は海外のものがほとんどだ。
「そのなかでもインドの綿農家に、大量の農薬によってスピード生産をさせていると知りました。2~3年後にはその土地が使えなくなるほどの量だと。それを聞いて、自分はできる範囲で、オーガニックの素材をコレクションに加えるようになりました」

 フェアトレードの店は少しずつ軌道に乗っていった。
 しかしそのころ、シングルで育てていた長女は朝から晩まで保育園に預けっぱなしであった。娘が4歳のとき、はたと気づく。
「娘と全然触れ合えていないな、と。彼女と過ごす時間があまりにも少なかった。それで、服作りをやめようと思ったのです。その頃関心を寄せていたキャンプヒルに行こうかな、と」

 ちょ、ちょっと待ってくださいと、私は話を止める。イギリスへの留学経験があるとは言え、いきなりアイルランドとは唐突である。それも、無給で働く共同体のコミュニティー、キャンプヒルとは……。

「店でもキャンプヒルの製品を扱っていた関係で、木製の小人のキャンドルホルダーやみつろうそくなど心温まる作品が載ったカタログの中に、『キャンドル オン ザ ヒル』という本が載っていたのです。取り寄せて読んだとき、ピンと来たんですね。実際、アイルランドのグレンジモックラーという村のキャンプヒルを訪ねたとき、娘とそこで暮らすイメージがありありと浮かびました」

 2009年、すべての仕事をなげうち、母子で正式にアイルランドに渡った。
「私、やめるの得意なんです」と笑う。このときの意識については、次のように説明をした。
「消費社会の中で、デザイン、生産、仕入れ、販売をしていくことがある程度想像がついてしまった。自然が豊かなところで、乳をしぼり、野菜を育て、機織りをし、料理を作るハウスマザーの仕事に強く惹(ひ)かれました」
 デザインをして、作って売る繰り返しの先にあるもの。彼女はそこに自分の未来を見い出すことをやめたのだ。

週末は5児の食事作りを

 カナダ、イギリス、アイルランドのキャンプヒルにボランティアワークを申請。それぞれの村のコミュニティーも訪れた後、最終的に、グレンジモックラーに決めた。娘と、畑のほか、家畜の世話や機織りに加わる。ほとんどが初体験で、没頭した。キャンプヒルの食事は、量が多く、たくさんのじゃがいもの皮をスルスルとむけるようになり、オーブンを使う魚や肉料理、パン作りも得意になった。

 翌年、娘の通うシュタイナー幼稚園で、同じ年齢の末娘を持つ男性と出会い、一緒に暮らすようになった。娘も少しずつ彼になついていき、2年後にはパートナーとの間に女の子が生まれた。
 流れるような展開ですねと言うと、朗らかな口調そのままに「いやー、結構いろいろありました。3~4年間、彼の前妻の子が3人、毎週末、泊まりに来ましたから。週末はいつもご飯を作り続けていたような気がします」とサラリと語る。

 彼は離婚時、前妻と、3児を毎週末預かるという取り決めをしていた。西欧ではよくある離婚の条件で、親としての義務は互いにシェアするという目的によるものだ。
 7歳、9歳、12歳の、リトアニア人の前妻との間に生まれた子が、毎週金~日曜日に泊まりに来る生活が始まった。6歳の娘と合わせて最初の2年は4人、自分の次女も入れて後半は5人の母役である。
 一生懸命ピザを焼くと「ママのピザ生地のほうが薄くておいしい」と言われたり、彼の末っ子の娘と自分の娘が年が近いために、嫉妬の感情もあったり、はじめは簡単ではなかった。

 が、彼女は力強く断言する。
「ママのほうがおいしいと言われると、はじめはちくんとしました。何を作っていいかもわからないし、あれこれ試行錯誤の連続で。でも、遠慮して遠巻きだった子が、だんだん話すようになって、純粋にかわいかった。彼の両親が早く亡くなっているためか、彼の兄弟たちもみな互いを思い合っていて、たまに集まると本当に仲がいいんですね。その温かさが伝わってきて、徐々に彼の家族も好きになっていきました。
 週末は、フィッシュアンドチップスを山のように揚げたり、巻きずしを一緒に作ったり、次は何を作ってあの子たちを喜ばせてあげようか? と知恵を巡らす。私は彼らに楽しみをたくさん教えてもらっていたんだなあと思います。今は、恋人のことを話してくれたり、時には相談されることも。母でもないけど、完全な他人でもない。年の離れた友達のような感覚かな。大きくなって、だんだん来なくなったので、寂しいです」

 上の子が思春期に差し掛かるころは、また別の気遣いが必要になる。自分の子と彼の子と平等に接することを心がけながらも、どこかピリピリしたものが出てしまう。そんな難しい年頃の子どもたちの心をやわらかくほぐすのは、彼女の手料理だった。

 そんななか、りんごをくりぬいて、横にスライスしてドーナツの生地で揚げてシナモンを振ったりんごドーナツを作ったら、「おいしい! マーケットで売れるね」と、飛び切りの笑顔で言われた。「あれはうれしかったですねえ」と振り返る。

 子どもの進学のため、3時間かかる現在のクレア県に越すときは、子どもたち全員で話し合った。彼女は、父親を子どもから引き離すことに大きな迷いがあり、別居も考えた。その彼女の背中を押したのは、彼の末娘のこんな言葉だった。
「お父さんを置いて行かないで」
 彼女の心配をやさしく包み込むように、さらに言葉を添えた。
「私たちが遊びに行くから大丈夫よ」

 パーティーが開けそうな広い台所には、ウォーターサーバーがあり、たくさんのディナー皿と大きな鍋がある。中央にはハンモックが揺れ、2階も含め、12畳ほどの部屋が全4室。家族4人にしては、ずいぶんと広い。

「これなら彼の子どもたちがいつ来ても泊まれるなと思って、この家にしました。今でも、私のスパゲティボロネーゼが大好きと言って、たまに食べに来てくれます」

 パートナーと一緒になって、自由な週末が3~4年なかった。誕生日もクリスマスも実子と同じように祝った。子ども同士の見えないジェラシーに悩む日もあった。
 それでも彼女は、「あの濃い日々があってよかった」「すごく楽しかった」と言い切る。
 そう思えるのはなぜでしょう。問いかけると、「うーん。あまりにも日常のことすぎて、考えたこともなかったけど」と、遠いところを見るような穏やかなまなざしでつぶやいた。
「私が必要とされている。それがうれしかったからじゃないでしょうか」

 子どもたちの胃袋を満たすため、毎日週末のメニューを考えた。おいしくて、栄養があって、「わあっ」と歓声が上がるようなもの。週末の食卓を通して全力で向き合った彼女の愛情がまっすぐ伝わっていたから、子どもたちも彼女を必要としたのではあるまいか。

 アイルランドの食卓には、こんな愛の形もある。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

写真

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『かみさま』(ポプラ社)ほか。最新刊は『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)。HP「暮らしの柄」』。■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM/

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大平一枝(おおだいら・かずえ)

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長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『かみさま』(ポプラ社)ほか。最新刊は『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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