川島蓉子のひとむすび

<48>昨日より今日、1ミリでも、より幸せに。福田里香さん(後編)

  • 川島蓉子
  • 2018年8月16日

前回は、菓子研究家の福田里香さんに登場いただきました。取材にうかがったら、ご自宅でサラダを作っていただき、手際の小気味良さと乙女心をくすぐるしつらえにうっとり――料理は人となりを表していると、改めて感じました。
今回は、そんな里香さんがどういう経緯で菓子研究家になり、どんな風にレシピや本をつくっているのかを聞いてみました。

福田里香さんが手際よく作ってくれたサラダは絶品でした

もともと里香さんは、絵を描くのが好きでマンガにはまっていたことから、「いつかは漫画家に」と夢を抱いたこともあったそう。ただ、漫画家として食べていく厳しさと自分の才能をてんびんにかけ、「小学生の頃に、恐らく無理という判断をしてあきらめていました」。あっさりと語る姿にりりしさを感じました。一方でお菓子も大好きで、高校時代の家庭科の先生がセンスのいい人で、教えてもらったお菓子作りや料理の経験は大きかったといいます。

そして「東京に行きたい」ということから、武蔵野美術大学に進学、福岡から上京したのです。私もちょうど同世代なので共感したのですが、その頃の地方からのぞむ東京は、キラキラ輝いて見えました。新しいものに触れたい、体験したいという強烈な思いを遂げるため、進学はいいチャンスでもありました。自分の将来について、「何ものになりたいか」より「東京に行きたい」が先立っていたといっても過言ではありません。

時代は1980年代初頭。世の中は右肩上がりの空気に満ちていて、新しいブランドやお店が次々に登場し、もてはやされていました。スイーツの世界も同様で、スコーンやチーズケーキなど、欧米から上陸したおしゃれなお菓子がブームになっていたのです。

そんな中で里香さんは、「食べ歩きしながら」、自分でもお菓子を作っていました。そして就職先は、新宿高野を選びます。「タカノ」と言えば、今はフルーツパーラーのイメージが強くありますが、当時はファッションから生活雑貨、食料品までを幅広く扱っている大型専門店。言ってみれば、老舗のフルーツパーラーが核になっているファッションのセレクトショップでした。特に新宿本店は、世界の最先端のファッションや雑貨が並んでいる場として、名をはせていたのです。

里香さんが担当したのは、生活雑貨売り場の販促関連の仕事でした。ウィンドーディスプレーやカタログの製作も含まれていて、里香さんのデザインセンスが生かされ、磨かれたのだろうと想像が及びます。その後、商品開発にも携わることに――「タカノ」のスイーツやデリは、見た目にも味にも、エレガントで華やかな要素が詰まっています。里香さんらしさの根っこには、そんな経緯もあったのだと思いました。

明るい笑顔がチャーミングな里香さん

そしてある時、大学時代の友人で、少女小説で名をはせていた小林深雪さんから、「一緒にお菓子のレシピ本を作らないか」と誘われた里香さん。あれこれアイデアを練り「小林深雪さんの小説に登場するお菓子を紹介する本」を提案したところ、60万部を超えるヒット本に――そんな大成功にも、「アイデアにお金が支払われること、それが仕事ということがわかりました」と、さっぱりしたコメントです。舞い上がることなく、明るく冷静に受け止める姿勢は、里香さんの天性なのかもしれません。

30歳の時に、新宿高野を辞めて独立。自分の本として『果物の手帖』と『お菓子の手帖』の2冊を出したあたりから、菓子研究家としての仕事がスタートしました。数十冊に及ぶ本を出し、雑誌で連載を持ったり、トークイベントに登場したりと、幅広い活躍が続いています。

そんな里香さん、本はどうやって作っていくのでしょうか。「まずはタイトルから入ることが多いのです」。企画=アイデアを練ることがもっとも大事といいます。最新刊の『いちじく好きのためのレシピ』であれば、もちろん「いちじく」に特化することが基軸になります。

「いちじく好き」というマニアックなフレーズと美しい表紙に惹(ひ)かれ、手にとってページを繰ると、ユニークで手軽にできそうなお菓子や料理が魅力的。「いちじく好き」というほどでない人も興味を抱く企画になっています。それはやはり、テーマの「いちじく好き」について、さまざまな角度から、おいしさにつながるアイデアを盛り込んでレシピを作っているからです。

いちじく好きをテーマに、さまざまなおいしさを盛り込んでいます

里香さんの仕事は、食関連のアドバイスをはじめ、雑貨づくりにも及んでいます。そのひとつが、ファッションやインテリア、ステーショナリーなどを、オリジナルの布で提案している「cocca」のエプロン「ESILIINA」です。「ESILIINA harvest=収穫者のためのロングエプロン」は、おなかの中央に付いているリネンのリボンを、裾に開けてあるボタンホールを通して結ぶと、大きなポケットのようになるユニークなデザイン。家庭菜園の野菜を採って入れるにも、調理中にさっと手を拭うのにも重宝しそう――上質な素材感とシックな色使いもすてきです。

「ESILIINA harvest」は、ユニークでシックなデザインです
Photo:Hiroko Matsubara Styling:Miyoko Okao
Hair&Make:Rumi Hirose

先ほども触れましたが、里香さんにとって仕事とは、「企画を受け取ってお金を払ってくれるもの」を意味しています。独りよがりのアイデアで終わることなく、お金を払う受け手がいてのこと。フリーで好きな活動を繰り広げていると勝手に思っていたので、ちょっとした発見でもありました。

そして「昨年より今年、昨日より今日がちょっとだけ面白くなる、楽しくなる、そういう暮らしを大事にしたい」という無理のない感じも好ましいと感じました。「1mmだけでも、より幸せになること」という里香さんの言葉に、日々の暮らしにささやかでもロマンティックな夢を持つ「幸せ」を、想像だけで終わらせることなく、自律して生きる厳しさをわかった上で実践していく、それが本物の「乙女心」であり、里香さんの魅力になっているのだと感じ入りました。

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PROFILE

川島蓉子(かわしま・ようこ)

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伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト。
1961年新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科修了。多摩美術大学非常勤講師。日経ビジネスオンラインや読売新聞で連載を持つ。著書に『TSUTAYAの謎』『社長、そのデザインでは売れません!』(日経BP社)、『ビームス戦略』(PHP研究所)、『伊勢丹な人々』(日本経済新聞社)などがある。1年365日、毎朝、午前3時起床で原稿を書く暮らしを20年来続けている。
ifs未来研究所 http://ifs-miraiken.jp

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