鎌倉から、ものがたり。

カフェ・ミサキプレッソから昇る、三崎の“夕日”「ミサキドーナツ」(後編)

  • 文 清野由美 写真 猪俣博史 
  • 2018年8月17日

 三浦半島の南端にある漁港のまち、三崎。2012年に、商店街にあった空き店舗を再生して開業した「ミサキドーナツ」は、その後、逗子、鎌倉に支店を出店し、地域起業のひとつの好例になっている。

 オーナーは、2004年に東京から移住した音楽プロデューサーの藤沢宏光さん(59)。きっかけはミサキドーナツの2年前に開いたカフェ「ミサキプレッソ」だった。

「たまたま商店街に空き物件があり、周りの人たちに『お店のプロデュースもできるんじゃないの?』といわれて作った店。お客さまを迎える言葉は、『いらっしゃいませ』なのか『こんにちは』なのかも分からないほど、素人運営だったのですが……」

 藤沢さんは苦笑するが、ミサキプレッソには地元の人たちだけでなく、都会から作家、映画監督、ミュージシャンといった人たちもやってくるようになり、彼らが漁師と隣り合って、ワインやコーヒーを飲む光景が見られるようになった。

「業界人脈を使って呼んだんでしょう、なんていわれるのですが、そういうことはまったくしなかった。いろいろな人が自然と集まるようになって、そこから出会いが生まれていったんです」

 マグロ漁業とともに栄えた三崎の商店街だったが、ゼロ年代には櫛(くし)の歯が抜けるように、次々と店が畳まれていた。そのことに寂しさを感じる人たちが、ミサキプレッソに夜な夜な集まり、「マグロに代わる新しい名物がほしい」「お年寄りから子どもまで楽しめる商品を作りたい」と、話が盛り上がった。

 パン屋さんやケーキショップなど、いろいろなアイデアが出た中で、ドーナツ屋さんに決めたのは、エリア内で競合しないことをルールにしたから。「気持ちのこもったドーナツ」をキャッチフレーズに、安全でよい材料はもちろん、働いている人たちの暮らしが少しでも楽しくなるように、まちが少しでも明るくなるように、との願いを込めて、地元発の事業を組み立てていった。

 藤沢さんは、「そもそも三崎のことをよく知らないで移り住んだ」と笑うが、ここに海があったこと、そしてこのまちが漁港という「人が働く場所」だったことが何よりも魅力だったと振り返る。

「陽に焼けた漁師さんたちの笑顔は気持ちいいし、引退した漁師さんたちが、船や網を直す姿にも、人が生きていくエネルギーを感じます。都心からの移住はハードルが高いのでは、と思われるかもしれませんが、心配には及びません。1時間あまりの通勤時間は、都会で情報まみれになった頭をクールダウンさせるのに、ちょうどいい。僕の場合は横須賀を越えたあたりで、仕事モードがリラックスモードに変わって、帰宅後は疲れていても夜釣りなんかに出かけちゃう。やってみれば、サラリとできちゃいます(笑)」

 "かつての本業"の音楽では、三崎で45年続いている「かもめ児童合唱団」のプロデュースでも話題だ。4歳から13歳までのメンバーが、北原白秋、矢沢永吉、宮沢和史、フレンチポップス、J-POPと、幅広いジャンルを歌い、セカンドアルバムはメジャーレーベルからの発売。音楽マニアが喜ぶアバンギャルドな内容で、地元の人たちだけでなく、全国の音楽ファンを楽しませている。今夏、かもめ児童合唱団をフィーチャーした城ヶ島のライブイベントでは、「夕日は昇る」というメッセージとともに、地域再生への思いを来場者に伝えた。

 三崎のまちには、ミサキプレッソ、ミサキドーナツとともに、アウトドアコーディネーターの小雀陣二さんが営む「雀家」や、新たなイタリア料理店、居酒屋、アンティークショップなどが登場して、ゆるやかに更新を重ねている最中。太陽は沈みかけのようで、まだまだ赤く海の上にとどまっている。

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PROFILE

清野由美(きよの・ゆみ)

清野由美

ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

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ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

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