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<96>谷根千の小路から本の魅力を発信 「ひるねこBOOKS」

  • 文 吉川明子 写真 山本倫子
  • 2018年8月23日

 東京の下町風情を今に伝える谷中・根津・千駄木。「谷根千」の愛称で親しまれるこのエリアには、人々を惹(ひ)きつける磁力のようなものがある。近年は、若い人たちがカフェや雑貨、セレクトショップやギャラリーなどをオープンさせる動きが活発になっている。

 三崎坂と三浦坂という二つの坂にはさまれた『谷中キッテ通り』。かつては『へび道の隣』と呼ばれた小さな路地にも、まさにそんな店が増えつつある。「ひるねこBOOKS」もそのひとつだ。店名の通り、猫関連のものをはじめ、暮らしやアート、各種ZINE(小冊子)、絵本や児童書、北欧関係の書籍や雑貨などを幅広く扱っている。また、一息つきたい人のために瓶ビールやジンジャーエールなども用意する。

 同店がオープンしたのは2016年1月。店主の小張隆さん(33)は、以前から谷根千エリアが好きで、その数年前に移り住んでいた。

「交通量や見込み客数といったデータよりも、自分の好きな場所でやってみたい! という気持ちを優先させました。それにこの地域には書店が集まる『不忍ブックストリート』もあり、本好きには響くと思ったんです」

 前職は、児童書出版社の営業。小さい頃から本好きで、大学時代には「いつか小説を書きたい」と、創作を学んだこともあるという。卒業後の進路を決める時に、「児童書に関わりたい」という思いが強まり、児童書出版社の新卒募集が皆無ななか、縁あってとある出版社に入社できたという。

 入社後に配属されたのは営業。児童書業界には、全国の学校や図書館を数社で分担してまわり、他社の本も合わせてセールスをする「グループ販売」というシステムがあり、小張さんはこの出張で鍛えられた。

「全国の書店もまわりました。売り上げが減って閉店する店も多く、書店経営の厳しさを肌で感じました」

 活字離れやネット書店の台頭のせいと諦めてしまうのではなく、本の持つ力を信じたい。本を売る営業という立場にいながら、こうした状況を傍観していてもいいのだろうかという疑念が頭をもたげてくるようになった。

「本屋が衰退していく中、いち営業マンとしてできることをやるよりも、こんな時代だからこそあえて店をやる。新刊がどんどん消費されていく中、自分の目で見て選んだ本をきちんと売ってみたいという思いが強くなって」

 そう語る小張さんだが、もう一つ目標があった。自分が“個人レベルで頑張っている書店”になることで、同じような動きを広めていきたいというものだった。もちろん、不安がないといえばうそになる。

「やってみないとわからない。万が一、失敗したとしても、その経験をもといた出版業界に持ち帰ればいい!」

 2015年3月に出版社を退社。書店員としての経験を積もうと、ある大手書店に転職した。ところが、配属されたのは雑貨部門。思いがけず本の世界から離れることになったが、ここでの経験が、今の店で雑貨を扱うのに役立つことになる。

 仕事と並行して開店準備を始めた小張さんだが、当初から古書だけでなく、新刊も扱いたいと考えていた。

「新刊は、いまを生きている人たちが、いまの空気を切り取って世に問うている本で、まさにいま売らなくてはいけない本。一方で古本はいろんな人の目や手を経て受け継がれ、いまに残っているだけに、重層的な魅力を持っています。そのどちらも扱いたかった」

 さまざまな思いが詰まったこの店だが、2年半運営してみて、見えてきたことがある。

「本って思っていたほど売れないんです。でも、本を買うことが当たり前ではない人たちにどう本を届けてすそ野を広げていくかという新たな課題ができました。もちろんいいこともあります。それは、場所があることの大切さ。店があるから人や情報が集まり、新しいことを始めるきっかけになる。偶然の出会いの面白さを実感しています」

 今年1月には、「ひるねこBOOKS」レーベルを立ち上げ、絵本を出すことができた。これも、小張さんが温めてきた願いのひとつだったという。そして、長く続け、存在感を増していくためにも、谷根千エリアの中で、さらに広い場所への移転を考えるようになった。

「谷根千は好きな場所だったとはいえ、自分が入ってうまくやれるのか? という不安はありました。でも、地域に書店があり、いつでも開いていることで安心感を与えられるような、オーソドックスな形を確立させたかった。小さなことかもしれないけど、こうしたことも本の世界を豊かにしているんじゃないかと思うんです」

おすすめの3冊

■おすすめの3冊
『北欧のおもてなし―Nordic style home party』(著/森百合子)
北欧通の著者が教えるパーティーのアイデアや料理レシピ、北欧流のおもてなしが詰まった一冊。「ガイド本や北欧雑貨を紹介する本はたくさんありますが、人を迎え入れる、北欧の人たちの心のぬくもりが感じられるところが特徴的で、とても魅力的な内容になっています」

『みけねこてんちょう』(著/サユリ・ミナガワ)
「ひるねこBOOKS」レーベル初の絵本。旅が好きな、町の本屋の店長さん。代わりに店番をしてくれる人を探していたところ、店に現れたのは一匹のみけねこ。やる気はあるので、店番をお願いしてみると――。「著者はノルウェー出身のイラストレーターでデビュー作。猫が主人公で、北欧にゆかりがあって、レーベル1号ならではの絵本になりました。店主は僕をイメージしたそうなのですが……」

『コーヒーの絵本』(著/庄野雄治)
多くのファンを持つ人気焙煎(ばいせん)所・アアルトコーヒーの庄野雄治さんが、コーヒーの基本から淹(い)れ方までをわかりやすく教えてくれる“絵本”。「絵本仕立てになってはいるのですが、とにかく中身が濃い! コーヒーはどこから来て、なぜ人の心をくすぐるかということにも触れていて、かなり勉強になります」

    ◇

ひるねこBOOKS
東京都台東区谷中2-1-14-101
https://www.hirunekobooks.com/
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