てまひま

ダメないすには座ってくれない! 子どものためのいすを作り続ける木工作家・田中英一さん

  • 文・西島恵/写真・三木匡宏
  • 2018年8月31日

  

デジタルの進化が進み、世の中がどんどん便利になっている昨今。めんどうなことはすべてロボットが私たちの代わりにやってくれるという時代がくるのでしょうか。もちろん、歓迎すべき未来ではありますが、一度、足を止めて考えたいこともあります。

この時代にあって“てまひま”かけて毎日を過ごしている人がいます。便利の波に乗らない彼らの価値観のなかには、私たちが忘れがちなこと、見落としがちなことが少なくありません。そんな“我が道を貫く”専門家の元を訪れ、生きるためのヒントを得る企画。今回は、田中英一さんです。

本能的な嗅覚に導かれて……田中さんを動かす原始の衝動

  

木の家具や器を製作する木工作家・田中英一さん。2009年に離乳食用木製さじ「ファーストスプーン」がキッズデザイン賞を受賞。業界内外で注目を集め、以来、子ども用の木のいすや幼稚園・保育園の内装家具の製作など精力的に活動を続けています。

もともと会社員として経理の仕事をしていたにもかかわらず、木工の世界に入ったのは、「本能的な嗅覚に導かれたから」。学校に通いながら、職人の元に弟子入りして技術を習得し、2004年に自身の工房を立ち上げたのです。

「なぜ木工を選んだのかとよく聞かれるんですが、別に好きだったからというわけではないんです。僕の場合、好き嫌いで何かを判断したことがなくて、もっと根源的な熱意や衝動で動くことが多い。ですから表現方法は何でもよくて、そのマテリアルがたまたま木だった」

現代人が忘れかけている本能的な嗅覚と、自分の中にわき上がる衝動。「それに従って後悔したことは一度もない」と田中さんは話します。田中さんの代表作でもある「こどもいす」も、じつはそんな衝動から生まれた作品。

  

「あるとき突然、子どものための木のいすを作りたい!と思ったんです。当時は独身で、当然子どももいなかったのですが、その衝動だけでいすを作りましたね。できあがったいすを持って近くの保育園に売り込みにいくのですが、軒並み門前払い。まぁ、当然ですよね。僕が保育園の先生だったとしても、まず門を開けないと思います(笑)」

しかし、2009年、転機が訪れます。離乳食用木製さじ「ファーストスプーン」がキッズデザイン賞を受賞。授賞式の会場で保育園の建築士さんと知り合い、「子ども用のものを作っているなら、保育園をやってみない?」と声がかかったのです。

  

それをきっかけに、保育園や幼稚園の内装や家具を手がけるようになり、現在までに五度のキッズデザイン賞やグッドデザイン賞などを受賞。木工作家としての活躍の場が一気に開けました。

本能と理性をバランスよく使いながら行くべき道を知る

現在、田中さんやお弟子さんが働く工房は2010年に建てたもので、一階が作業場、二階が家族と暮らす自宅になっています。

  

一般的には職住一体といわれる仕事と日常の区別がない、24時間地続きのような生活ですが、今の田中さんにとってはそれがごく自然なこと。

「もちろん、もともとは経理の仕事をする勤め人でしたから、こういう生活は最初は苦痛でした。オンとオフをわけるのが普通だと思っていたし、確かに分けたほうが言い訳するにはちょうどいい。うまくいかなかったときに会社のせいにしたり、家庭のせいにしたりできますから。でも、会社員生活の後半くらいからは『これ、分けなくてもいいんじゃないかな』と思い始めて。今は切り替えをしなくても平気になりましたね」

田中さんの場合、仕事の内容はものづくりだけでなく、経理や経営と多岐にわたります。そこで、本能と同じくらい大切にしているのが、対極をなす理性。その両極を時と場合に応じて自在に行き来しながら、絶妙にバランスを保っているのです。

「経営や経理も人に任せず全部自分でやっていますが、でもやっぱり原始的な脳みそをすごく大切にしているので、本能を鈍らせないよう普段の生活でも気をつけています。必要以上にものを食べない、視覚や聴覚を使いすぎないというふうに制限して、感覚を鋭敏に保つよう心がけていますね」

「どこにてまひまをかけるか。その自由を僕たちは持っている」

  

現在、「ラボラトリー」のメイン事業ともなっている保育園や幼稚園の内装プロデュース。子ども用の家具の製作は、想像力を刺激される作業だと言います。

「大人はお世辞も含めて『このいす、重宝しているよ』と言ってくれますが、子どもはそうじゃない。言葉では説明できないけれど、座りたくないいすには座らないから、ある意味大人よりもはっきりしてるんです。さらに言えば、僕自身もこどもいすには座ったことがないから、使い勝手がいいかどうかわからない。だから作るときにも想像力がめちゃくちゃ必要なんです」

  

木を使ったものづくりは、素人目に見てもてまひまがかかりそうですが、「すべての工程にてまひまをかけていたら経済性が破綻する」と田中さん。

「だからこそ、どこにてまひまをかけるか選択する必要がある。その選択は僕らの自由だし、どこにてまひまをかけるかによってオリジナリティが生まれるんです」

田中さんの場合、まず、仕上げをすべて手で行うのが“てまひま”ポイント。

「木材の表面をツルツルに加工するため、通常は『超仕上げ』という機械を使うのですが、うちではわざわざ手で鉋(かんな)をかけるんです。もちろん超仕上げを使えばあっという間に終わるし、すごく便利ですが、手作業でも慣れるとそれと同じくらいの速度でできるようになるんです。

たとえばダイニングテーブルに使う2メートルの天板を、正確に手で仕上げるのはめちゃくちゃ大変な作業。定規を当てて、少しの揺らぎもないかを確認しながら、全体を整えていかなくちゃいけない。ですから当然、技術力は上がります。

また、鉋は刃物を研いで、メンテナンスする必要があるので、今日のいつ鉋を使って、明日までのどのタイミングで手入れするかという段取りを考えることになります。それを日常的に行うことで、職人としての総合的なパフォーマンスが格段に上がるんですよ」

コンマ1mmのものづくりの世界。そのセンスを高めるため、身の回りは常に整理整頓し、感覚を鋭く保つ努力をしています。暮らしぶりが作るものに反映される。仕事と日常は切っても切り離せない関係なのです。

手料理をふるまう月に一度の「まかない」の楽しみ

  

「ラボラトリー」では現在、フルタイムで働くお弟子さんやパートの方など総勢6名のスタッフが働いています。一日があっという間に終わるほど忙しい毎日ですが、お昼は必ずみんなで集まって食べるのが日課だそう。普段はそれぞれお弁当を持参しますが、月に一度の「まかない」では、田中さんがスタッフのみなさんに手料理をふるまいます。

今日は、そのまかないの日。キッチンで黙々と手を動かす田中さんの表情は真剣そのもの! ご縁があってここに来たクライアントやお客さんにも、ときどきこうして田中さんが手料理をごちそうすることがあるといいます。

  

この日のメニューはそうめんにゆでとうもろこし、百年もののぬか床で漬けたというきゅうりのぬか漬け、鶏肉とトマトの煮物。朝早くから作業に勤しんでいたスタッフのみなさんはお腹ペコペコ。おいしい料理をいただきながら、なごやかに会話も弾みます。

手鉋をかけながら木と対話し、食卓を囲みながら人とつながる。仕事と暮らし、そのどこにてまひまをかけるのか、すなわち自分が一番大切にしているものは何なのか? 改めて自分に問いかけたくなりました。


田中英一(たなか・えいいち)
木工作家。1973年、福岡県生まれ。立命館大学卒業後、財務及び経理の専門職を経て、木工の道へ。2年の修行の後、2004年に独立、ラボラトリー株式会社を設立する。2009年、離乳食用木製さじ「ファーストスプーン」が第3回キッズデザイン賞受賞。2017年より共立女子大学建築デザイン科非常勤講師を務めている。
公式HP www.labo-style.com
オンラインショップ http://labo-style.shop-pro.jp


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