ほんやのほん

恐怖も痛みもない? サイコパスという感覚。『スケルトン・キー』

  • 文・間室道子
  • 2018年8月27日

撮影/馬場磨貴

  • 『スケルトン・キー』道尾秀介著 KADOKAWA 1620円(税込み)

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最近コンプライアンスのためか「この作品には過激なシーンが出てきます」と警告が出るゲームや映画を見かける。というわけでおことわりしておくと、今回紹介する道尾秀介さんの『スケルトン・キー』には暴力シーンがたくさん出てくる。ただしとても不思議な書かれ方をしているのだ。

主人公の坂木錠也は自らを「サイコパス」という。「だから暴力か」と思うかもしれませんが、本書の参考文献にも名前が出ている中野信子さんの『サイコパス』によれば、近年研究が進み、他者に対する共感や痛みを認識する脳の働きが一般人とサイコパスでは大きく違うこと、また必ずしも残虐な犯罪者ばかりではなく、大企業のCEO、政治家、医者など、おびえることなく大胆な決断をしなければならない職業の人にサイコパス気質の人が多いことなどがわかってきたそうだ。

1カ所だけ出てくる痛みの言葉、その相手とは?

道尾作品に戻ると、錠也は児童養護施設で育った後、週刊誌記者にスカウトされタレントの尾行やマンションへの侵入などやばい仕事で生計をたてている。そう、彼は恐怖を感じないのだ。

それで、物語が始まってすぐ、バイクで車を尾行するシーンがあるのだが「タクシーの左脇をすり抜けて交差点に突っ込んだ瞬間、右前方から軽トラックのヘッドライトが急速に迫ってきた。(中略)このままだと確実にぶつかる。バイクをさらに下へ押し込み――もっと押し込み――スピンする直前に勢いよく車体を立て直す。ダウンジャケットの左袖が軽トラックの荷台をこすり、千切れた生地の内側から白い羽毛が飛び散る」。これって特に「大残酷」とは思わない。『スケルトン・キー』の暴力描写は、このシーンと変わらないのである。

「右手に握った瓶を振り抜く」「男の顔面が横向きに吹き飛び、全身がぐるんと回転して床でねじれる」「みるみる細かい血管が浮き出していく」こんなのがえんえん続くのだが、なぜか「痛そう」とは思わない。通常のバイオレンス小説では攻撃が効いているアピールのため「苦痛に顔をゆがめ」とか「痛みにあえいで」と書くものだけど、暴力をふるう錠也には「痛いだろう! 苦しめ!」という勝ち誇りはない。自分のダメージを発信せず、相手の痛みに共感しない。というわけで、手を振り上げた角度や拳を振り下ろした衝撃、血の量、叫び声の大きさなどは描かれるけど、苦痛は書かれない。『スケルトン・キー』はこんな不思議な感覚の小説なのである。

もしサイコパスが共感するとすれば、自分と分かちがたい思いを抱いている人物だろうか。本書には1カ所だけ、「激痛」という言葉が出てくる。この相手は誰か? 強烈なオドロキが待っている快作!

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PROFILE

間室道子(まむろ・みちこ)

写真

代官山 蔦屋書店の文学コンシェルジュ。雑誌などで書評連載を多数持ち、年間700冊以上読むという「本読みのプロ」。お店では、間室手書きPOPが並ぶ「間室コーナー」が人気を呼ぶ。

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