インタビュー

「世界のベストレストラン50」に見る、美食のこれから 中村孝則さん

  • 2018年8月31日

  

グルメ界のアカデミー賞と称される国際的な食のアワード「世界のベストレストラン50」が発表され、スペインのビルバオで授章式が6月に開かれた。日本のチェアマンを務める中村孝則さんに、このアワードから見えるレストランの世界的な潮流、美食シーンのこれからを聞いた。

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おいしいのは当たり前。その上で何が体験できるのか

――「世界のベストレストラン50」とは?

2002年に始まったアワードで、文字通り世界のトップ50のレストランをランキングします。世界を26の国と地域に分け、それぞれにチェアマンを含めて40人の投票者がおり、計1040人の食の専門家によってその年のランキングが決められます。

投票者は、(1)シェフやレストラン関係者 (2)フードライターなどのジャーナリスト (3)いわゆるフーディーと呼ばれる食通たち。それぞれ3分の1ずつで構成されます。世界の各地域の審査員は、チェアマンが選出。私は日本のチェアマンを5年にわたって務めており、日本の審査員は私が選んでいます。

審査基準は「あなたにとってベストレストランとは?」と、非常にシンプル。料理のクオリティーでもいいし、レストランの雰囲気やデザイン性、シェフの哲学や人間性、アクセスのしやすさなども投票の動機付けとなります。個人的な見解ですが、料理そのものの評価は全体の3分の1ぐらい。おいしいのは当たり前で、その上で何が体験できるのか、何を共有できるのかが求められているように感じます。

“旬のレストラン”を反映するアワード

食のアワードというと日本ではミシュランがよく知られていますが、ミシュランがレストランに対する評価を紹介する「ガイド」なのに対し、世界のベストレストラン50は「人気ランキング」。毎年審査員の3分の1は入れ替わるルールがあり、かつ、審査員が「18カ月以内に実際に行ったレストラン」が投票の対象になるので、順位が変動するのもこのアワードの特徴です。実際、今年は前年から9店舗が入れ替わりました。そういう意味では、時代を反映した「旬のレストラン」がランクインしていると言えます。

  

社会貢献も、レストランの評価ポイントに

――今年、注目すべきトピックスは?

1位に輝いたイタリア・モデナの「オステリア・フランチェスカーナ」は、2年ぶりにトップに返り咲きました。このレストランのシェフ、マッシモ・ボットゥーラさんは、バルサミコ酢やパルミジャーノ・レッジャーノといったモデナの伝統食をファインダイニングで表現することで人気がありますが、社会活動家としても高い評価を得ています。

マッシモ・ボットゥーラさん

彼が取り組むテーマは「フードロス」。ミラノ万博のときに、会場で捨てられる食材を集めてファインダイニング「レフェットリオ」を展開。現在、同店をパリとナポリに出店し、スーパーの廃棄される食材を利用して貧困者に無料で食事を提供しています。日本をはじめ先進国でさらに大きな社会問題になっていくだろうフードロスについて、彼はシェフという立場から取り組み、訴えているのです。レストランでのクリエーション以外の活動が票を集めるのは、このアワードならではの特徴だと思います。

「オステリア・フランチェスカーナ」の一皿 「アドリア海のチャウダー」(photo:Paolo Terzi)

もう一つ注目したいのが、日本の「」が17位にランクインしたことです。昨年の45位から飛躍的に順位をあげ、前年からもっとも大きくランクアップした店に贈られる「ハイエスト・クライマー」も受賞しました。

「傳」の一皿 「畑のようす」

――「傳」が高評価を得た理由は?

ここ数年の大きな潮流として、そのレストランやシェフ自身がいかに情報を発信していくかが鍵を握っています。「傳」の長谷川在佑シェフは、積極的に海外に出かけて現地のシェフとコラボレーションを展開しています。そうした場には多くのジャーナリストやフーディーズが参加していますし、話題になるレストランにはインスタグラムのフォロワーが何千、何万といるので、世界中に一気に拡散されていくのです。

とはいえ、実際にお店に足を運ぶことが投票の条件ですから、海外から多くの審査員がやってくる。そのときに、どんな「おもてなし」をするかが、重要な評価のポイントになります。

たとえば、海外の人にとって懐石料理独特の提供の順番は「なぜ?」と疑問に感じたりするでしょう。それを英語できちんと説明できる店はまだまだ少ない。また、夏には多くの店で鮎(あゆ)が供されますが、肝の苦みが苦手だったり、特にキリスト教圏の人にとって頭がついたまま焼かれている魚は残酷に見えたりする。私たち日本人にとっては旬を味わう貴重な魚ですが、文化が違う外国人にとってはネガティブにとらえられるケースもある。アジアから来たのかヨーロッパなのか、ヨーロッパでもラテン系と北欧系では文化が違う。長谷川シェフはしっかりとヒアリングし、ゲストに寄り添うサービスを提供する。形骸化していない「真のおもてなし」が、今回の評価に結びついたものと見ています。

今回、日本からはほかに、22位に「NARISAWA」、41位に「日本料理 龍吟」がランクインしました。両店のシェフは、世界中から最も注目されるシェフが集まる国際的な料理サミット「マドリッド・フュージョン」でもプレゼンテーションして、非常に評価が高い。また、クリエーティビティーのレベルはもちろん、グローバルな舞台に出ても食べる人を満足させるだけのエネルギーがある。この3店に続くのが、今回59位だった「フロリレージュ」。川手寛康シェフは、クリエーティビティーはもちろん、海外とのコラボレーション、食を通じた社会貢献などに積極的で、来年以降に期待しています。

「日本料理 龍吟」の「北海道産雲丹と焼きトウモロコシの一皿」

地方にこそチャンスがある

――日本のレストランや美食シーンに対する世界の評価は?

日本は、レストランの数とバリエーション、そしてクオリティーと、いずれも世界を圧倒しています。あらゆる気候帯の食材がそろい、世界的なトレンドである発酵食品の文化も奥深い。日本から影響を受けているシェフは多いですし、ある意味、食のジャポニスムの時代と言っていいでしょう。科学技術やサブカルが「クールジャパン」と称されますが、私はレストランや食文化こそが日本が世界に誇れる最強のコンテンツだと思っています。

特に注目したいのが、地方。その地に行かなければ食べられない食材や料理、名産品は何よりもの旅のモチベーションになる。インバウンドに力を入れるのであれば、食で日本の魅力をアピールするのがもっとも有効な方法だと思います。私は地方の食の魅力をどう伝えていくかを考え活動しているのですが、伝統的な漁法を守る漁師さんや、昔ながらのやり方で漬物を作っているおばあさんなどがまだ頑張っている。逆に言えば、今残さないとなくなってしまう「絶滅危惧」の食文化が地方には少なくありません。それらは、日本の食文化の魅力として海外から人を呼べるポテンシャルも秘めている。地方にこそチャンスがあると、シェフたちに伝えたいですね。

このアワードは、授賞式の開催地が毎年変わります。授賞式が行われると世界中から食の関係者が訪れ、その国のレストランを回ります。結果、次の年にランクインする店が増える。主催者側も、世界のシェフたちも、そして何より私たち日本の審査員は、日本での開催を標榜(ひょうぼう)しています。受け入れ態勢が課題となりますが、東京オリンピックが開催される2020年の招致を目指していきたいと思っています。

  

アワードが生み出した、北欧や中南米への熱視線

――「世界のベストレストラン50」が世界のレストランシーンに与えた影響、このアワードによって生まれた潮流とは?

ヨーロッパのアワードなので受賞店はどうしてもヨーロッパに偏りがちにはなります。とはいえ、南米、アジア、オセアニア、さらに今年はアフリカから1店入賞するなど、世界のレストランを網羅しているのがこのアワードの特徴です。

象徴的なのが、2010年から4度も1位に輝き、一気に世界のスターダムに躍り出たデンマークの「ノーマ」。当時、北欧に美食があるなんてほとんどの人は考えもしなかったし、北欧の人たち自身もそうだった。そんな中、まさに革命を起こし、世界的な大ブームを引き起こしたのです。

今回、メキシコから2店がランクインしましたが、中南米も北欧と同様にかつては見向きもされませんでした。しかし、数年前からのペルーブームに見られるように、今や世界中から熱い視線を集めている。これも、このアワードの影響と言えると思います。

美食家やフーディーと呼ばれる人たちはもちろん、人間には「珍しいものを食べたい」という根源的な欲望がある。新しい食やレストランをハンティングしたいという人たちのニーズを拾うという点でこのアワードは一定の役割を担っています。ランクインすれば世界中からものすごい数のアクセスがあるので、特に若いシェフたちは非常に興味を持って狙っている。間違いなく新たなブームや潮流を生み出していると思います。

これからのキーワードは「楽しい」「健康」

――チェアマンとして世界のレストランの潮流をウォッチして来た立場として、中村さんが考えるこれからの「ベストレストラン」とは?

「楽しい」かどうかは大事だと考えます。グローバルに人が動く時代。様々な文化やルーツを持つ、それぞれの人にとっての「楽しい」のために、レストランはいかに柔軟なおもてなしを提供できるか。それが問われる時代になったし、今後さらに求められるようになるだろうと感じています。

そして、これからは「健康」がますます重要視されるのでは、と。そのシェフやレストランの料理を食べて、元気に健康になれるか、アンチエイジングに効果があるかなども、選ばれる一つの基準になりつつあるでしょう。たとえば、ローマで三つ星レストラン「ラ・ペルゴラ」を営むハインツ・ベックというシェフは、病院と連携して「美食と健康」を追求し、アルツハイマー型認知症を予防するレシピの研究に取り組み、注目を集めています。

食べることは生きること。ただ「おいしい」だけでなく、その先には、食の根源的なテーマがレストランに求められるようになるのかもしれません。

(文・中津海麻子 写真・篠塚ようこ)

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中村孝則(なかむら・たかのり)

コラムニスト。1964年神奈川県葉山町生まれ。ファッションからカルチャー、旅やホテル、ガストロノミーからワイン&シガーまで、ラグジュアリーライフをテーマに、執筆活動を行っている。また最近は、テレビ番組の企画や出演、トークイベントや講演活動も積極的に展開している。「世界ベストレストラン50」日本評議委員長。剣道教士7段。大日本茶道学会茶道教授。
http://www.dandy-nakamura.com

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