このパンがすごい!

【パンと絶景】標高2307m! 日本一高い場所にあるパン屋で食べる「山型パン」/横手山頂ヒュッテ

  • 文・写真 池田浩明
  • 2018年8月29日

絶景を見ながら食べる山型パンは本当に山の形

 東京から、長野県「横手山」へ行く道は、草津を越えていく。車を走らせ山道を登るとともに雑木林は白樺(しらかば)の木立へと変わり、ひきたての全粒粉みたいなすがすがしい香りが満ちはじめる。なんという爽快さ。下界は熱中症で倒れるほどの暑さなのに、この高原はこんなにも涼しくさわやかだ。ただし、どこかで温泉卵をゆでているような硫黄臭も立ちこめているのは気がかりであったが。

 やがて、もうすぐ横手山という地点で、バリケードに行く手を阻まれた。

「通行止 草津白根山火山活動の為」

 白根山といえば、活火山ではないか。地図で見ると、横手山への道は白根山の火口のすぐ脇を通る。鼻歌まじりに車を走らせていたが、どうやらとんでもない異世界におもむこうとしているようだ。私は心して出直すことにした。

草津側から横手山へ至る道路は、白根山の噴火によって、封鎖されていた

 横手山への道はもうひとつある。長野から志賀高原を越えていくルートだ。青く澄んだ沼、岩の間から蒸気を勢いよく吹き上げる噴泉。空は宇宙まで透かすぐらい高く澄んでいる。熊の湯というホテルが立ち並ぶ集落が標高1700m。そこからでさえ、横手山はさらに高くそびえている。曲がりくねった山道を登りに登る。路肩に車を止めて下界をのぞくと、長野市ははるか足の下だ。私は屋根に上がった子供みたいな気分になり、車を走らせていても背筋がぞくそく、足がすーすーしてならなかった。

横手山の威容

 渋峠に着く。標高2172m、国道で日本一高い地点。ここからリフトで、さらに上ること100m余り。ようこそ、異世界へ。標高2307m、こんな奇跡の場所にパン屋がある。

横手山頂ヒュッテ

 宿泊施設「横手山頂ヒュッテ」のロビーに飛び込む。そのとき目の前にある風景に、私は自分の頬をつねりたい気持ちに駆られる。なんと焼きたてのパンが並んでいる!

 テラスでパンを食べるのが最上だ。まさに雲の上。ここでは空を見上げなくても、フラットな視線の先に雲が浮かんでいる。見晴るかす北アルプスの山々。富山の立山から、新潟の妙高山まで一望される大パノラマ。長野市や中野市の市街地は、建物が砂粒の小ささだ。

横手山頂ヒュッテ、パンの盛り合わせ。絶景をバックに

 さあ、雲の上でパンを食べよう。クリームパン、カレーパン、フランスパン……なんだってあるが、私が特に好きだったのは、手の上にのる小さな食パン「山型パン」。盛り上がった3つ山の形が、期せずして目の前にある北アルプスとかぶる。完全無欠のふわふわパン。まるで雲のように軽く、純白の口溶け。

 そして、横手山頂ヒュッテ名物が「きのこスープとパン」。クリームシチューを入れたマグカップの口で、むっくりとおいしそうにパンがふくらんでいる。とにかく寒いところなので、冷めないようパンでふたしたのがはじまり。スプーンでパンを突き崩す。湯気がわっと立ち、どろりとした白い液体が姿をあらわす。ふーふーしながら口へ。ミルキーなあたたかい液体の中で小麦の白い味わいが溶ける。口の中のぬくもりと、目の前の大自然。味覚と視覚のかつてないギャップが、感動ゲージを目盛りから飛び出すほどマックスに引き上げた。

きのこスープとパン

 横手山頂ヒュッテのパンづくりは五十数年前にさかのぼる。神戸から結婚を機に越してきた高相妙子さんは、地元で毎日食べていたパンをここでも食べたいと、自分で作ることにした。湿度も温度も低い高山の上。発酵が進まないので、宿泊客が入っている風呂場にパン生地を置いてみた。そんな試行錯誤の果てにパンを完成させ、息子の育永(いくえい)さん、妻の則子さん夫妻に引き継がれた。なにせ、厳しい冬は雪に閉ざされ、短い夏も多くの日が雨や濃霧に覆われる、雲の上の世界。パンははるばる訪れる人の心を慰撫(いぶ)しつづける。

見晴らしのいいテラス

 一軒の民家さえない、世界のはてのような場所で出会う、あたたかなパンのありがたさ。まさに「有り難い」ものであるゆえに、もっとも私たちを幸せにしてくれる。感動とはこうして生まれるものなのだ。

>>続きはこちら

■横手山頂ヒュッテ
長野県下高井郡山ノ内町平穏7149-17
0269-34-2430
9:00~売り切れ終了(天候・季節によって変更あり)
不定休(HPで要確認)
http://www.yokoteyama.com

>>「このパンがすごい!」でご紹介した店舗マップはこちら

PROFILE

池田浩明(いけだ・ひろあき)ライター

写真

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰

日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

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池田浩明(いけだ・ひろあき)ライター

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

BOOK

『日本全国 このパンがすごい!』(発行・朝日新聞出版) 池田浩明 著

写真

連載をまとめた「日本全国このパンがすごい!」(朝日新聞出版)が待望の書籍化!北海道から沖縄まで全国の「すごいパン屋!」を紹介。ディレクターズカットを断行、エッセンスを凝縮し、パンへの思いもより熱々で味わっていただけます。
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