東京ではたらく

文具メーカー勤務:三上由貴さん(36歳)

  • 文 小林百合子 写真 野川かさね
  • 2018年8月30日

  

職業:文具メーカーの販売促進企画
勤務地:港区
仕事歴:13年目
勤務時間:不規則(基本は9~18時)
休日:土日祝

この仕事の面白いところ:商品の使い手、売り手、作り手の思いをくみながら、「こうしたらいいかも!」というひらめきを形にしていくところ。
この仕事の大変なところ:日々の暮らしそのものがアイデアの源で、アンテナのスイッチをなかなか切れないところ。

    ◇

文具メーカーのコクヨで販売促進企画を担当しています。仕事の内容は、文具専門店や量販店など、お客様が実際に商品に接する売り場のコンセプトやディスプレーの提案が主です。

私は新卒で今の会社に入社したのですが、実は当時は大の文具好きというわけではなくて。コクヨは文具以外にもオフィス家具や内装などの事業も展開しているのですが、就職活動時はどちらかというとそちらの方面に興味を持っていました。

「空間作り」ということに漠然とした興味を持ったのは小学生の頃でした。進学する中学が大学まである一貫校だったのですが、子どもながらに「受験がない分、何か自分自身が極められるものを見つけよう!」と思ったんですね。今思えば随分肩に力の入った小学生だなと思うのですが(笑)。

まず興味を持ったのが「色」でした。当時、本で「実際に目に見えている色は実存していなくて、それらはすべて光の屈折によってそう見えている」みたいなことを知ったのですが、それが面白いなと思って。

もともと何かを突き詰めて考えるのが好きな性分だったこともあり、以来「色」ということに強い興味を持つようになりました。

東京・原宿に昨年オープンしたコクヨ直営のコンセプトショップ「THINK OF THINGS」。三上さんは文具のセレクト、コンセプトメイキングの一員として立ち上げに参加した

そんな娘の熱中ぶりを見てか、小学6年生のある日、父がステッドラーの48色水彩色鉛筆を買ってきてくれたんです。小学生が持つにはとっても高価なものだったと思います。「緑」といっても様々な色味があって、色の世界が一気に広がったことを覚えています。

他にも父はよくインテリア系の洋雑誌を買ってきてくれたりして、きれいだと思った写真は切り抜いて収集したり。同じ頃に父に買ってもらった色辞典も、今でも大切にしています。

中学に入っても色への熱は冷めず、単語カードの表面に色のチップを貼り、裏面に色の番号(カラーコード)を書いてひたすらめくっていました。色を見るだけで色番号がわかる「絶対色感」というものがあるのですが、その目を肥やしたい!と思って(笑)。とにかく熱中していましたね。

京都の学校で学生時代を過ごしたのも大きな要素だったと思います。京都は自然が豊かですし、神社仏閣もいたるところにあって、色の宝庫。放課後には友人と町家を改装したカフェを巡って、建物やスイーツの絵を描いたり。「空間作り」に本格的に興味を持ったのもこの頃だったと思います。

京都の町家はよく「うなぎの寝床」なんていう風に表現されますが、その限られたスペースの中に中庭があったりと、空間をとても上手に使って美しく、心地いい場所を作っているんですよね。ものと空間の関係性とか、配置、マッチングと言うのでしょうか、そういう部分がすごく面白いなと思って。

「THINK OF THINGS」のディスプレーには随所に楽しい仕掛けが。クリップ類は、いろいろな種類を瓶詰にして購入できる量り売りに

あとは中高時代に担当した文化祭のディスプレーも印象深いです。校舎の吹き抜けや講堂の背面を立体的に装飾したのですが、実際に手を動かして空間を作っていくことや、チームでひとつのものを生み出す過程がすごく面白くて。その経験も今の仕事につながっているのかなと思います。

大学では環境心理学という分野を学びました。「色」や「空間」というキーワードから、美術系の大学に進むという選択もあったかもしれませんが、当時はまったく頭になくて。

自分にとって「色」や「空間」というのはアートや自己表現の手段というよりは、何かの要件があって、それを解決するためのもの。それを効果的に使って、人や社会、環境に何かいい影響を与えられる仕事がしたいなと思ったんです。

環境心理学というのはまさにそういったことを学ぶ学問で、例えばある部屋に机や椅子、照明をどう配置するかによって人に与える影響が変わってくるんです。ものだけではなく、香りなんかもそうですね。

卒業論文では、窓がある部屋とない部屋を作って、そこで80名ほどの人に計算や企画を練る仕事を実際にしてもらい、結果がどう変わるかを調査しました。就職するにあたっても、何かそういった興味や経験を生かした仕事をしたいと思って、今の会社を志望したというわけです。

定番商品のバインダーは、とじ具などに少しデザイン的な変更を加えることでぐっと今の暮らしになじむものに。「変える部分と残す部分、この絶妙な案配が難しいところですね」

文具に興味を持つようになったのは、就職活動中でした。当初は空間作りという面に惹かれて受けた会社でしたが、面接試験が進むにつれて、見慣れた文具というものづくりに対する作り手の深い思いに触れる機会が多くあって。小さな文具でも、その魅力を伝えることに色と空間の関わりは不可欠ですから、そこに携われたら、きっと面白いだろうと。

勤務地は東京と大阪、どちらでも希望を出せたのですが、あえて希望は出しませんでした。運命を任せると言ったら大げさですが、偶然に委ねてみてもし東京勤務だったらそれはそれで面白いかなと思って(笑)。

私は生まれも育ちも関西なので、いざ自分で「東京に住む!」と決めるのはやっぱりすごく勇気のいることなんですね。でも「偶然が必然になったらいいな……」っていう部分も少なからずあって。東京でチャレンジしてみたいという気持ちもどこかにあったんだと思います。

実際、東京勤務が決まった時は、ワクワク半分、怖さ半分という感じでした。でも、住めば都と言いますけど、本当にそうですね(笑)。美術館ひとつとっても東京は数が違いますから、今では東京勤務になってよかったなと心から思います。

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PROFILE

小林百合子(こばやし・ゆりこ)編集者

写真

1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

野川かさね(のがわ・かさね) 写真家

写真

1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。
http://kasanenogawa.net/

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