東京の台所

<アイルランドの台所 7>アイルランドと沖縄に共通する大切なもの

  • 文・写真 大平一枝
  • 2018年8月29日

〈住人プロフィール〉
主婦(日本人・女性・57歳・音楽教師、ガーデナー、合唱団指揮者)
戸建て・3LDK+庭・ウエストポート町(メイヨー県)
築年数200年・入居20年・夫(イギリス人・52歳・ガーデンデザイナー、ミュージシャン)との2人暮らし

    ◇

 アイルランド取材4日目。私は初めて大型スーパーのある街に寄り、カフェでお茶を飲んだ。その日まで、ほとんど森や田畑の牧歌的な光景しか見ていなかったので、久しぶりの街場のにぎやかな空気に興奮した。
 今回の取材対象者は、アイルランド西部、ウェストポートという港湾都市の海沿いに住んでいる。

「西部は土が痩せているので経済的にあまり発展せず、それゆえに美しい古い建造物や、古来の文化が色濃く残っています。いまだに英語でなくゲール語と呼ばれるアイルランド語を使う人も多くいます」
 かく言う彼女の家も、築200年。もとは果樹園を併設する農家だった。

 ガーデンデザイナーとして知られる夫がイギリスから移住。台所の床を上げたり、棚や扉など造作して住んでいた。
 彼は母国でデザインを学ぶ傍らアイルランド音楽にのめり込み、物質重視の生活にも決別。人と自然のおおらかなアイルランドに古い家を買ったのだった。

 アイルランドで暮らしていた彼女は、音楽家でもある彼とアイルランド文化を紹介する施設のコンサートで知り合い、39歳で結婚。オーガニックの農を志し、エコな生活をしてきた彼に共感し、以来ふたりで約2500坪の広大な土地を、イングリッシュガーデンに作り替えた。
 敷地内に、なだらかな丘があちこちにあり、天気のいい日は、自作のパティオのテーブルで食事をとる。

 小路を進むと、子どもたちが幼い頃遊んだおもちゃの家や、ハーブのコーナー、山野草、果樹、バラなど歩くごとに庭の表情が変わる。
「ひとめで見渡せるような庭ではなく、歩くたびに、そこかしこに驚きのある庭を造りたいのです。子どもや人がいて、初めて庭が生きる。欠点のない庭よりエンジョイやリフレッシュする庭が理想です」

 正統派イングリッシュガーデンとは全く違う。自然で野趣あふれる生き生きとした庭。日本の花も点在しているからだろうか、深呼吸をしたくなるようなおおらかでほっとする空間だ。

「私は沖縄で生まれ育ち、祖父は八重山で農夫をしていました。絵や三線、ピアノなど多趣味な人で、畑ではみかんを改良したり、ニンジンを植えたり。それを手伝うのが好きでした。野生のネギや植物を見つけては図鑑で調べたりね。ところが私は、琉球大学教育学部音楽科を経て上京。演劇と音楽活動をしていた東京で、すっかりそういう暮らしを忘れていたのです。でもアイルランドに来て思い出した。沖縄とアイルランドはどこか似ているのです。人を緊張させないほっとさせる空気や、人とゆっくり関わる距離感や時間の感覚が。島国で、異民族に支配されて来た歴史も、通じるところがあるのかもしれません」

 故郷沖縄の古謡にも似たシャンノスと呼ばれる古謡と、人々の素朴なあたたかさに惹(ひ)かれ、アイルランドへ8回訪れた末に、移り住んだ。

 ところで私は、現地の日本人女性から、彼女との印象深いこんな出会いのエピソードを聞いていた。

「アイルランドの島で農園の手伝いをしていたとき、たまたま訪れた彼女に言葉をかけてもらいました。“なにか困ったことがあったら、いつでも我が家にいらっしゃい。もし庭仕事を手伝ってくださるならいくらでも居て構いませんよ”と言われて、すごくうれしかった。本当におしかけて3泊もお世話になり、以来10年のお付き合いです」

 母国が同じというだけで、家に招くとは、誰にもできることではあるまい。彼女は語る。
「街で知り合った留学生の女の子の相談に乗ったり、ベビーシッターを頼んだり。遊びに来なさいって、誰にでも言っちゃうの。アイルランドに渡り、たくさんの人に助けられた。今度は私が恩を送る番。沖縄にもアイルランドにもあるもの。それは人との出会いを大事にすることでしょうかね。他人に恩を送って、失うものなんて、なにもないですから。拒む人がいても、私は誰に対してもオープンでいたいです」

 国際結婚からも「自分の当たり前」が「相手の当たり前ではない」と学んだ。
「だから話して伝えていくしかないのです」と、肩の力が抜けた朗らかな表情で、先達は笑う。

合唱団を結成。カーネギーへ

 アイルランドはカトリック教徒が大半で、長年、学校教育も教会が主導していた。
「そのため、他の文化や幅広い音楽へのアクセスの少なさ、教育の重点の置き方の違いを感じます。楽しみは罪であるという考え方や、長年文化的にも精神的にも外に対して開かれにくかった感は否めません」と、彼女は語る。
 現に、小学校では、正規の音楽の授業がない。

 12年前、小学校の特別授業で音楽を教えるなか、保護者に懇願され、地域の子どもたちを集めて合唱を教え始めた。
「音楽はボーダーレス。ジャズやミュージカル、南米音楽など出自の異なるメロディーに触れるなかで、国境や宗教を越え、みんな同じ人間なんだと理屈抜きにわかっていく。言葉など通じなくても、歌や踊りは楽しいと思える。音楽を通じて、子どもたちの世界を広げ、多様性を伝えられたら、という思いがありました」

 合唱団はメキメキと上達し、国内の数々のコンテストに入賞。今年、ユーチューブの動画に目を留めたアメリカのプロデューサーからの誘いで、カーネギーホールで歌い、国内外で注目された。

「私のやっている合唱は、うちの庭と同じ。完璧な美術館の庭ではなく、季節のうつろいとともにどんどんドラマが変化し、続いていく。構成、色、香り、質感。枯れては生まれ、育ってゆく。その変化や成長が楽しいのです」
 アイルランドの夏は短い。それを待つ長い冬や春の間の、空気の冷たさが花を美しくする。一瞬しかない美しさを待つ季節も、嫌いではない。

 庭では、野菜のほかりんごやいちご、ラズベリー、ルバーブなどを有機で育て、ジュースやジャムにして1年間楽しむ。料理の得手不得手にかかわらず、アイルランドで出会った人たちは、米を炊くようにふつうに季節の恵みで保存食を作っていた。手間が掛かるが、それを苦としないのは、手作りがとびきりおいしいからだろう。

 合唱も、庭も、保存食づくりも、結婚生活も、出会いも、簡単に結果は見えない。だが、底に通じるものは共通しているようにみえる。

 いままいた種がいつか立派に育つ。それを信じる強さだ。

 たまたま知り合った彼女に頼りたくなった人の気持ちが、私にもわかる気がした。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

写真

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『かみさま』(ポプラ社)ほか。最新刊は『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)。HP「暮らしの柄」』。■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM/

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大平一枝(おおだいら・かずえ)

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長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『かみさま』(ポプラ社)ほか。最新刊は『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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