鎌倉から、ものがたり。

パン屋やってみる? 崖上の古民家カフェ「山の上ベーカリー」(前編)

  • 文 清野由美 写真 猪俣博史
  • 2018年8月31日

 鎌倉から三崎まで三浦半島を南下し、「充麦」「みやがわベーグル」「雀家」「ミサキドーナツ/ミサキプレッソ」と、楽しく寄り道をしました。今回は、三浦から鎌倉に戻る途中、横須賀で見つけた「山の上ベーカリー」の"ものがたり"です。

    ◇

 脇に崖山の土手が迫る狭い道。午後の日盛りでも、うっそうと茂った樹木が濃い影を作る。そんな細道で思いがけず、「山の上ベーカリー 左階段の上」という看板を見つけた。見上げると、はるか上方に家らしき影が……。不ぞろいな石組みの階段を66段。息を弾ませながら上り切った先に、手作り感にあふれたベーカリーカフェの建物が待っていた。

 敷地内の建物は2棟に分かれていて、右がパンを焼くベーカリー、左がテラス付きのカフェとなっている。カフェの真ん中にある大テーブルには、その日の焼きたてのパンやスコーンなどがずらりと並ぶ。人気のランチメニューに付くパンは、お店の定番「薪窯パン」。外側がパリッ、内側がもっちりとして、素朴な香ばしさがある。

 2017年7月のオープンからちょうど1年。最寄り駅から徒歩15分、商店街でも観光地でもない、しかも路面ではなく、崖上……といった条件は、通常の店舗運営のセオリーから大きくはずれている。一方で、SNSの時代には、それらが逆に大きな特徴として、人々の興味をとらえる。

「ここには防空壕(ごう)もあるんですよ」

 ベーカリー店長の山本ひかるさん(25)が教えてくれる。戦時中、横須賀の崖地には、防空壕がたくさん作られた。そんな昭和の歴史が今も強く残る土地柄なのだ。

「防空壕は奥が広くなっていて、店をはじめようとした当初は、そこをカフェにできないかと思ったのですが、崩落の危険があって断念。代わりに、古い木造の家屋を、私と男性スタッフ2人でリノベーションしました」(山本さん)

 古民家のリノベーションは、まさに現在のトレンドであるが、「山の上ベーカリー」の場合は徹底している。敷地を覆っていた草を刈ることからはじまり、ボロボロになっていた建物の解体、ゴミの運搬、設計、施工、さらに店舗の運営とパン作りまで、ハードもソフトも、すべて自前。決まった図面は引かず、その場で最良の方策を考えながら、大工、左官、タイル張り、配管、塗装と、あらゆる仕事をこなした。

「最初から最後まで全部手がける」という方法論には、同店の経営母体である「大関商品研究所」(東京都港区)の、ユニークなポリシーが貫かれている。

「代表の大関耕治は、技術よりやる気を大事にして、ないものは作る、わからないことはやりながら身に付ける、という行動派です。山の上ベーカリーのプロジェクトも、大関とパン屋めぐりをしたときに、『パン屋さんって面白いですよね』と、私がふともらしたひと言から、『なら、やってみる?』と、はじまったのです」

 大阪・阿倍野出身の山本さんにとって、横須賀は土地勘のない場所。パンづくりの修業をしたこともない。さらに、大関さんが作り上げた薪窯は、世界にひとつ、この店だけのもので、マニュアルなどは存在しない。そのように、あえて経験知をまったくきかせないことで、商いを独創していくことに、ここではスタッフみんなが取り組んでいる。

 文化人類学者のレヴィ=ストロースは、世界に共通の人知を「ブリコラージュ」と呼んだ。ブリコラージュとは、できあいのものを組み合わせて、ひとつの秩序ある世界を生み出していく、きわめて人間らしい行為のこと。横須賀の崖上にも、そんなブリコラージュの精神があふれている。

(後編に続きます。)

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PROFILE

清野由美(きよの・ゆみ)

清野由美

ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

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清野由美(きよの・ゆみ)

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ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

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