鎌倉から、ものがたり。

崖の上、レモンが見守る特別な時間 「山の上ベーカリー」(後編)

  • 文 清野由美 写真 猪俣博史
  • 2018年9月14日

 横須賀市にある「山の上ベーカリー」は文字通り、田戸台の町にある崖上に店を開いている。

 ベーカリー棟とカフェ棟の2棟に分かれる店内で、カフェ店長を務めているのが、野津有沙さん(37)。ベーカリー店長の山本ひかるさん(25)とコンビを組んで店を切り盛りする。

 しっかり者で頼れる野津さんと、明るくおっとりとした山本さん。姉妹のように見えるふたりは、「山の上ベーカリー」を経営する大関商品研究所が運営するシェアハウスで、シェアメイトとして出会った。

「そこはシェアメイト同士の仲がいい家で、私も山本も『食べること』が好き。特に山本はパンに詳しくて、休みの日にはふたりでよく食べ歩きに出かけていました。シェアハウスで住人の誕生日パーティーを開くときは、山本と私が中心になって、料理を担当していたので、『山の上ベーカリー』は、その延長のような感じですね」

 シェアハウスに暮らしていた当時、野津さんはデザイナー、山本さんは現在と同じく、大関商品研究所の社員として働いていた。やがて山本さんはシェアハウスから引っ越したが、その後もふたりの仲は続いた。「山の上ベーカリー」のプロジェクトに着手し、企画から施工まで、あらゆる工程で奮闘する山本さんを、野津さんは外から「できたら食べに行くから、がんばってね」と励ましていた。

 そんなある日、野津さんのもとに、山本さんから「久しぶりにお茶しませんか?」と、1本の電話が。待ち合わせの喫茶店に出向くと、いつになく真面目な様子の山本さんから「『山の上ベーカリー』には、有沙さんが必要なんです」と、切り出された。

「それまで私たちの話題といえば、目の前の料理しかありませんでしたが(笑)、この言葉で自分のこれからについて、真剣に考えました」(野津さん)

 野津さんに飲食店の経験はなかった。しかし、「料理はデザインだ」と山本さんはいった。野津さんは横浜出身で、高校時代は横須賀に通っていたので、土地勘は十分にある。大関商品研究所が作り出す空間も大好きだ。何よりも、目の前にいる山本さんを見ていると、「この子と働けたら面白いだろう」という気持ちになる。2017年、心を決めて、グランドオープンを目前にしたタイミングで大関商品研究所に入社した。

「山の上ベーカリー」は、店にいたるまでに長い階段がある。気温の高い日は、たどり着くだけで汗が噴き出る。しかし店内に一歩入ると、下界の気温と湿度はすっと遠のいて、木造の家ならではの、やさしい空気に包まれる。

 店がオープンした時、かつてのシェアメイトがレモンの木を記念に贈ってくれた。庭先に植えたその木を舞台に、アゲハチョウが孵化(ふか)する様子を、お客さんと一緒に見守ることもある。

「せっかく階段を上ってきてくださるのだから、お客さまにがっかりして帰っていただきたくない。ここで特別な時間を過ごしていただきたい」

 そんな気持ちを共有しながら、ふたりは毎日、パン作りと、食事、飲み物の提供を続けている。

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PROFILE

清野由美(きよの・ゆみ)

清野由美

ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

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清野由美(きよの・ゆみ)

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ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

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