上間常正 @モード

つつましい“ヒーロー” 尾畠春夫さんのファッションと生き方

  • 上間常正
  • 2018年9月14日

  

 大雨や台風の多発、そして大地震。この夏は深刻な被災が続く中で、行方不明になった2歳の子をアッという間に見つけたボランティアの尾畠春夫さん(78)の活躍が明るいニュースとして話題になった。この人はそれだけの力量を持った魅力的な人物だということが、その装いからもうかがえる。そして、ファッションとは何かという問いへの大きなヒントも与えてくれる。

 尾畠さんは大分県日出町から現場の山口県周防大島町まで、必要な用具と自分用の寝具・食料を積み込んだ軽ワゴン車で駆けつけた。深夜に到着した翌朝6時から捜索を開始。わずか30分で、行方不明中の藤本理稀(よしき)ちゃんを助け出した。警察や消防などが3日前から延べ550人で捜したが見つからず、生存が絶望視されていた矢先のことだった。

  

 理稀ちゃんは、祖父が最後にその後ろ姿を見た位置から約500メートル道を登った先の沢の石の上に座っていたという。尾畠さんがあんなに早く発見できたのは、子供は迷ったら上に登るという過去の捜索体験からの直観や、「よしくーん!」との大声での繰り返しの呼び掛けに理稀ちゃんが反応したことなどが挙げられるだろう。

 長く続けた鮮魚店を65歳で閉めてから、本格的なボランティア活動に専念。2004年の新潟県中越地震、11年の東日本大震災、16年の熊本地震、今年の西日本を襲った豪雨などでも、泥かきなどの地味な活動を身一つで続けてきた。その中で培った感覚や知恵が、その装いや所作に現れている。

  

 赤い鉢巻きや濃いオレンジ色のTシャツは、汗止めや発汗性のためだけではなく、助けを必要とする人に目に付きやすいし、元気も与える。ネオンカラーの黄色い反射安全タスキは目立つと同時に、自身を守ることにも役立つ。ロープや大きなフックが付いたリュックサックは体と一体化していて、必要十分な中身が詰まっている。地味な灰色のワークパンツとはき古したトレッキングシューズは、彼の心身のタフさを象徴しているようだ。

 他の被災地で着ていた赤いつなぎには、「絆」と大きく書かれている。また白いヘルメットには「朝は必ず来る」との文字が。偶然なのだろうがついでに言えば、文字メッセージを服に盛り込むのはパリやミラノのコレクションでも最新トレンドの一つでもあるのだ。

 尾畠さんの装いは、その長期にわたる活動の中で選ばれ改良してきた積み重ねの結果なのだ。多分とても機能的で着心地も良いのだろう。ことさら派手でも独創的でもないが、それは彼が独自の活動をするためなのだから十分に個性的で、かつ魅力的にも見える。ファッションの原点は人が服を着て社会と出会う時に起きる「こと」だとすれば、尾畠さんはそれを素朴に体現していると言えるのだ。

 幼い頃に農家に奉公に出され、苦労して鮮魚店を開業。自身の努力があったに違いないが、尾畠さんは「かけた情けは水に流せ。受けた恩は石に刻め」という言葉が好きだという。インタビューでは「小さくても長持ちする、そんな生き方がしたい」とも語っている。

  

 魅力的ということで言えば、尾畠さんはつつましいダンディーであり、ヒーローでもあるのだと思う。天才的な能力やカリスマ性は、たいていは熱狂と多く惨事を引き起こし、本人も悲惨な末路をたどる。しかし尾畠さんは、人のために自分ができることをコツコツと自分の力だけで続けているだけ。そのことに喜びと幸せを感じているからだろう。

 だから、見つけた子やその家族に、そして各地の被災者に幸せをもたらせた。そして暗いニュースが続く中で、そのことを知った全国の人たちも明るい幸せな気分になった。いま求められているのは、権力や財力、暴力を誇示しようとするのではなく、尾畠さんのような人にほんのりとした幸せをもたらすヒーローなのではないだろうか。

 被災地では多くの警察や消防、自衛隊の人たちが、なんとか被災地のために、遭難した人をなんとか家族の元にと日夜活動を続けていることも忘れてはいけない。しかし尾畠さんが違うのは、権力に支えられた組織の力ではなくて、個人の力だけで活動したことだ。だから「よしくん」を警察より前にまず母親にみずから手渡した。それが母親との「個人的な約束」だったからだ。

PROFILE

上間常正(うえま・つねまさ)

写真

1972年、東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。88年からは学芸部(現・文化部)でファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化学園大学・大学院特任教授としてメディア論、表象文化論などを講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。

[PR]

この記事を気に入ったら
「いいね!」しよう

PROFILE

上間常正(うえま・つねまさ)

写真

1972年、東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。88年からは学芸部(現・文化部)でファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化学園大学・大学院特任教授としてメディア論、表象文化論などを講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。

今、あなたにオススメ

Pickup!