東京の台所

<小さな家の生活日記2>『風呂と子どもと一人の時間』

  • 大平一枝
  • 2018年9月18日

この頃住んでいた家。築38年の地下付き2階建て。建築家の自邸とのことで、収納が完璧。イケアのパーツなどをうまく取り入れていた。「アサヒコム読みました」と、隣人から手紙が投函されていたことがある

「東京の台所」でおなじみの大平一枝さんは、23歳の息子さんと19歳の娘さんのお母さんでもあります。大平さんは、朝日新聞デジタルの前身「アサヒコム」で毎週月曜日、「小さな家の生活日記」を連載していました。

開始当時はお子さんが2歳と6歳。笑いあり涙あり、働く母の試行錯誤の日々を綴った連載は多くの方に支持され、朝日新聞デジタルに移行して「東京の台所」が始まるまで11年間続き、このほど1冊の本『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく~母業23年つれづれ日記』(9月14日発売)にまとまりました。

発売を記念し、アサヒコム時代とりわけ反響が大きかったエッセイ2作と、書き下ろし「小さな家の生活日記 2018年特別編」をお送りするシリーズ2回目です。

    ◇

『風呂と子どもと一人の時間』

長男17歳
長女13歳

 息子は朝シャワー、娘は夜シャワー。幼い頃から銭湯通いだった夫は、内風呂嫌いときている。
 そのため、せっかく風呂をわかしても、湯船につかるのは私だけという日が多い。「もったいないから風呂をわかした日はシャワー禁止」と宣言しているが、誰も守ろうとしない。せこいだの、たいした節約にもならないのにばかばかしいだの、家族は好き放題言う。

 昔は、肌ふれあって無邪気に風呂場で遊んでいたのに、今では脱衣所に鍵をかけるありさまだ。年頃とはいえ、なんとも淋しい。
 用事を作って風呂場をのぞこうとすると「魂胆ばれているから。のぞかないで」ときっぱり子どもたちに拒否される。親の中ではまだまだ子どもなのに、身体は立派に大人に近づいているのだ。

 共働きの我が家は、子どもたちが幼い頃、18時30分には風呂に入っていた。
 保育園から一緒に帰ると湯をためて、すぐさま親子で真っ裸になり風呂場に直行する。 

 そういう習慣がつくまでは、帰宅するとすぐ台所に立ち、風呂は就寝前だった。ところがまる一日離れていた子どもたちは甘えたいので、料理をしている間中、私の足もとにまとわりつく。こちらは仕事の留守電を聞きながら、米を研ぎ、野菜を切る。

 子どもはそのうちぐずりだし、とにかく夕方から20時頃にかけての我が家は、ばたばたしっぱなしなのであった。

 あるとき、働く先輩ママから「帰宅後すぐに、一緒にお風呂に入ると子どもが落ち着くよ」と教えてもらった。湯船の中で子どもの肌とぴったりくっついていると、離れていた一日分をうめるみたいに、子どもがにこにこ穏やかになって、入浴後は情緒が安定するので、夕飯作りにも落ち着いて専念できるというのだ。

 やってみるとその通りで、おまけに入浴はほどよく疲れるのか、出たあとはほっこりした表情でテレビを見ている。私もあくせくせずに子どもとの入浴タイムを堪能したのち、夕食も落ち着いて作ることができる。

 そんなわけで、あっというまに習慣になった。夕飯など少しくらいおそくなってもいいのだ。それよりも、湯船の中で笑ったり、遊んだりして、しっかり離れていた時間の代償を払うと、子どもは寝るまで安らかな表情でいる。
 その点、追い炊きができない賃貸の安アパートの風呂は、とても都合が良かった。帰宅したらすぐ、じゃんじゃん熱湯をためればいいだけだからだ。
 夏は18時過ぎでも明るくて、昼風呂のようで、贅沢な気分になった。先に風呂に入ると、後はご飯を食べるだけで家事も楽になる。

 帰宅後すぐの入浴はいいことづくめであった。

 そんな日々がまるで昨日のことのようなのに、今は娘も息子も鍵をかけるのである。
 そのかわり、私が長風呂になった。
 本を読むので最低1時間は出ない。
 かつては烏の行水だったが、子どもたちが一人で入るようになったあたりから長風呂派に。風呂場は、家の中で一人になれる貴重なリラックス空間だ。

 子どもの巣立ちまでの日々を数えて淋しいと嘆いてばかりいてもらちがあかない。
 子どもが成長するということは、親の一人時間が増えるということでもある。おかげで風呂場でゆっくり読書ができるようになったではないか。

 長い人生で、子どもに預けた時間はほんのいっときでしかない。足もとにまとわりついて台所仕事ができない時期などほんの1~2年なのだ。
 バスタイムのように、自由時間が増えることをもっと喜ばなくては。
 どうせ死ぬときは一人だしなあとひとりごちる。それでも、キャッキャ言いながらお湯を掛け合ったあの日々がとびきり懐かしいのは何故だろう。もう二度と戻らない時間だからだろうか。

新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく

小さな家

大平一枝 著 大和書房 刊 1620円(税込み)
アサヒ・コム『小さな家の生活日記』をはじめ19年間、各紙誌に綴ってきたエッセイが1冊に。読んで楽になった、泣ける……とママたちのあいだで話題沸騰! 人気サイト「北欧、暮らしの道具店」で大反響のエッセイも。

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PROFILE

大平一枝(おおだいら・かずえ)

写真

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『かみさま』(ポプラ社)ほか。最新刊は『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)。HP「暮らしの柄」』。■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM/

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大平一枝(おおだいら・かずえ)

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長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『日曜日のアイデア帖~ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『かみさま』(ポプラ社)ほか。最新刊は『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)。HP「暮らしの柄」 ■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM

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