てまひま

下積みわずか数年の“愛され店主”三茶「マルサラ飲食店」の春井春乃さん

  • 文・西島恵/写真・三木匡宏
  • 2018年9月28日

  

デジタルの進化が進み、世の中がどんどん便利になっている昨今。めんどうなことはすべてロボットが私たちの代わりにやってくれるという時代もくるのでしょうか。もちろん、歓迎すべき未来ではありますが、一度、足を止めて考えたいこともあります。

この時代にあって“てまひま”かけて毎日を過ごしている人がいます。便利の波に乗らない彼らの価値観のなかには、私たちが忘れがちなこと、見落としがちなことが少なくありません。そんな“我が道を貫く”専門家の元を訪れ、生きるためのヒントを得る企画。今回は、マルサラ飲食店店主・春井春乃さんです。

昨今、人気を集めているケータリングサービス。ちょっとしたホームパーティーでは、テーブルの彩りを鮮やかにし、ぜいたくな時間を過ごすための必需品だ。数あるケータリングサービスの中で、三軒茶屋にある「マルサラ飲食店」は、野菜を中心としたメニューを提供し、根強いファンが多い。

そんなお店をきりもりしているのが、少し前までデザイナーとして働き、料理の業界の下積みは“わずか数年”という春井春乃さん。「オタクのように料理が好きだった」という生粋の料理好きが見つけた自分らしい仕事とは。

「一人客にもくつろいでほしい」。カウンター越しの気遣い

  

三軒茶屋駅から歩いてすぐのところに、マルサラ飲食店が温かい明かりで今日もお客さんを待っています。ケータリングサービスでありながら実店舗も構えているのです。春井さんと三軒茶屋は縁が深く、初めてお店をもったのもこの街にある小さなスタンディングバー・「霧の中の風景」でした。春井さんが料理を振る舞っていたのは、このバーの時代から。野菜たっぷりの小洒落たおばんざいと春井さんの明るい人柄を求め、連日多くの人が訪れる様子は、この街で遊ぶ大人たちの見慣れた光景。

  

マルサラ飲食店には大きな特徴があります。それは、“女性の一人客”が多いこと。狭くて暗いお店はいや、でも、広くて明るいお店はどこか居心地が悪い。広すぎず狭すぎず、明るすぎず暗すぎない、絶妙な居心地の良さは、センスよくまとまった店内のインテリアのせいだけではないことがわかります。

軽く足を運びたくなる理由は他にも。「本日のおそうざいお一人様盛り」など、一人でも楽しめるメニューが1000円程度で堪能できるのです。「女性一人で居酒屋に行くのは勇気がいるけど、マルサラなら平気」となるのも納得。春井さんはそんな一人客にもリラックスして過ごしてもらえるよう、カウンター越しにさりげなく気を配り、声をかけるようにしているとか。

「『お近くにお住まいなんですか?』『お酒お好きですか?』とか、そんなに会話上手ではないので内心ドキドキしながら(笑)。でも、一人で気まずくないかな? と思うと気になっちゃって、放っておけないんです。私自身、人見知りというのもあって、初めてのお店に行くときの緊張感もよくわかるんですよね」

春井さんとの会話がきっかけとなり、コミュニケーションの輪が店内に広がり、お客さん同士が仲良くなることもしばしば。

  

子供の頃から料理オタク。“好き”を原動力に走り続ける

  

春井さんが飲食業界に入ったのは、一般的にはかなり遅く、28歳のとき。それまではデザイナーとして仕事をしていました。料理は子どもの頃から好きで、つくったものを食べてもらう喜びは、よく知っていました。すぐに料理の世界を目指さなかったのは、親の意見もあったから。お店の人気で収入が左右される仕事よりは、自身のスキルで安定した生活をおくってほしいというのが親心。その気持ちもくみ取りつつ、「暇を見つけてはおいしそうな料理の写真を収集。せっせとPCのフォルダにまとめていた」というオタク的な一面は、デザイナー時代も変わらなかったそうです。

そんな彼女が自身を解放したきっかけは、東日本大震災。「自分が本当にやりたいことを仕事にしよう」と決めました。そこからの動きは早く、仕事を辞めて、表参道にあるフレンチレストランで修行へ。ようやく料理の道を歩むことになりました。

ただ、ここで腰を据えて……とならなかったのが、春井さんらしいところ。まさしく料理の修業時代を過ごしていた最中、知人に誘われ「霧の中の風景」で働くことに。そもそもの修業時代は1年弱。そして、霧の中の風景でも1年半という短い期間を過ごし、マルサラ飲食店をオープン……。スタッフやお客さんがつい気になってしまう、ジェットコースターのような生き方です。何年も下積みを重ねる料理人も珍しくないこの業界において、春井さんの選択は異端とも言えるでしょう。

  

現在はケータリング事業が軌道に乗り、春井さんはそちらに注力。それでも、店主不在のときは「心強い(春井さん談)」他のスタッフがしっかりとお店を守ります。

不器用だけど一生懸命。だから周りの人が手を差し伸べたくなる

  

マルサラは「まんまるマルサラ唐揚げ(1個350円)」や「生ピーマンの肉味噌づめ(750円)」など定番メニューがあるものの、基本的には品書きが毎日変わるおばんざいスタイル。仕入れや段取りを考えると、決まったメニューで展開するのが業界の常識。ですが、春井さんは、決まった料理を作ることよりも、その日、手に入った旬の食材で、そのときの気分に合わせて作りたいものを作るというスタンスを貫きます。ケータリングも同様で、メニューは直前まで決めません。その日の食材でメニューを考え、朝、お店で仕込み、お昼前に配達する……。量が多いときは徹夜をして朝を迎えることも。「こんなに大変だとは正直、思っていませんでした」と、今の状況を豪快に笑いとばします。

「やっぱり手間をかけたほうがいいものができるから、つい面倒な方を選んでしまうんですよね」

どれだけ膨大な量になっても、にんじんやれんこんの飾り切りは、必ず自分でやろうと決めているそう。ですが、時々間に合わないことも。黙々と作業しているため、それに気づくのが遅くって、『あ、間に合わないかも!』となったり……。そんな時は他のスタッフが一緒になって飾り切りします。

「最初から近道をするより、面倒でもきちんと、てまひまかけてやろうと思います。そういう手間が積み重なって、力になるのだと思っています」

料理の下積みが短いことは周知の事実。だからこそ、“時間をかける”ことに労を惜しまない。そして、下積みの短さを超えるほど、春井さんが「料理が好き」であることも周知の事実。だからこそ、一緒に働くスタッフやお客さんがついてくるのです。

お店が忙しくなる21時ころ。満席で新しいお客さんが入れないことを察した先に入店したお客さんが「また戻ってくる!」と一声。一度、お会計を済ます光景もこのお店では珍しくない。そんなお客さんの気遣いを春井さんは忘れない。“幸せのループ”がこのマルサラ飲食店にはあるのです。

■マルサラ飲食店
東京都世田谷区太子堂4-25-5
03-6805-5298

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