花のない花屋

あの時、戦闘機の弾にあたっていたら……戦争を経験した母へ花束を

  • 花 東信、写真 椎木俊介
  • 2018年10月11日

  

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〈依頼人プロフィール〉
亀川幸子さん 57歳 女性
東京都在住
会社員

    ◇

「あと5cmずれていたら、生きていなかったね。長生きできて幸せだよ」。今年85歳になる母が、はるか昔の光景を見つめるように目を細めて話してくれました。

 戦争中、母は長野市の善光寺近くに住んでいました。ある日、お米の配給をもらおうと田んぼのあぜ道を一人歩いていると、突然一機の戦闘機が急降下してきて、攻撃を始めたそうです。小学校六年生だった母はとっさにしゃがみ込み、稲のかげに隠れて九死に一生を得ました。終戦まであと2週間、ジリジリと日が照りつける夏の日のことだったと言います。

 母は戦争中に父を亡くし、苦労して生きてきました。やはり、戦争の記憶はつらく、思い出したくなかったのでしょう。これまでほとんど話をしたことはありませんでしたが、80代になり、終戦の日が近づくとぽつりぽつりと話をしてくれるようになりました。

 あのとき母に弾が当たっていたら……無邪気に笑って食べて、ありふれた生活をおくっている私や子どもたちは今ここにいません。母の話を聞くたび、母の生かされた命が紡がれ、私に、そして子どもたちへとつながっていく命の重さをひしひしと感じずにはいられません。

 苦労やつらさをみじんも出さず、いつも笑顔で明るくふるまう働き者の母を尊敬しています。去年、足を骨折して杖の生活になり同居を始めましたが、なかなか忙しくて思うようなことをしてあげられないことが気になっています。

 そこで母に、「命をつなげてくれてありがとう。そして残りの人生、楽しんで長生きしてください」という思いを込めて、花束を造っていただけないでしょうか。

 母は自然が大好きで、緑や野の花、川にいやされると話していました。紫色のリンドウ、スミレ、コスモスなど、野に咲く花が好きです。また、ボタンやミニバラもお気に入りのようです。

 「戦争と花」という展覧会のことを読み、人々の思いを代弁するかのような花の姿に感銘を受けました。母も戦時中、野に咲くかれんな花に一時の安らぎを見いだし、励まされたと話していました。よろしくお願いいたします。

花のない花屋


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PROFILE

東信(あずま・まこと)フラワーアーティスト

写真

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。http://azumamakoto.com

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1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。http://azumamakoto.com

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