はじまりの場所

100年後もその作品が見られるか。学芸員はアートの番人

  • 文・高橋有紀 写真・山本倫子
  • 2018年10月24日

行楽シーズンの目的地として、季節を問わず人気の箱根。富士箱根伊豆国立公園内にあるポーラ美術館は、箱根の自然の中でアートに触れられる人気スポットだ。

同美術館で現在開催中の企画展が、19世紀末から20世紀初頭に活躍した画家オディロン・ルドンをテーマにした「ルドン ひらかれた夢」。

会場の入り口でまず目に入るのが大きな一つ目巨人だ。ルドンの絵画にはしばしば大きな目玉が登場し、気球や花などのモチーフの一部として描かれる。会場内を進んでいくと、漫画『寄生獣』の原画が展示されている。確かに寄生獣には主人公の右手と一体化して目玉などで表現される寄生生物「ミギー」が登場するが、なぜ、西洋絵画の展覧会に、漫画が?

ルドン展を担当した学芸員の東海林洋さんが説明する。

「これは僕の考えなんですけど、美術というものを歴史の中で終わらせたくないなと思っているんです。現代に生きる我々として、どう置き換えて考えられるか、お客さんに身近なものに感じてほしくて、そこを展覧会の中に盛り込みました」

漫画のほか、現代アートの作家にも出品を依頼し、現代に息づくルドン的な幻想世界を感じられる展示ができあがった。

ルドン展を担当した学芸員の東海林洋さん

ひとつの企画展を作り上げるのには、2年から3年の準備期間を要する。主担当と副担当の学芸員が2、3人で作っていくが、東海林さんが自分で企画しメインで担当したのは今回が初だという。他の美術館から作品を借りることはあっても、漫画の原画を借りるのは初めて。

「単行本の後ろにのっている“編集部はこちら”というところに電話をして、それで取り次いでもらって。新しいことをやるって手探りだなと思いました。漫画家の方も編集部の方も協力的だったおかげで、無事に実現しました」

大学時代は美術史を学んでいた東海林さん。美術館を仕事場とする学芸員の仕事を志したのは学生のときのアルバイトがきっかけだった。

「作品って、美術の勉強をしているときは教科書に印刷されたものですよね。バイト先はあんまり大きくない美術館だったんですけど、だからこそ直接作品を扱う機会があったんです。作品に触れて、あ、そっか、重いんだよなとか、紙だったら丸まっちゃったりとか。普段どこか切り離してデータみたいに考えている作品が、物としてあるんだっていうことに気がついたら、おもしろくて。学芸員ならそうやって作品を扱えるから、美術っていうものを本質的に、というと偉そうですけど(笑)、わかるかもしれないって思ったんです」

作品があることの安心感や楽しさが根本にあるという東海林さん。作品に近い場所で働きたいという思いで仕事場を選んだ。東海林さんが大学院時代に研究していたピカソの油彩画を日本でいちばん多く収蔵しているのがポーラ美術館だったのだ。

「美術館にはいくつか種類があって、展覧会を回すだけの美術館もありますし、企画展をやらずにコレクション展だけやる美術館もあります。私はその両方をやってみたいと思っていました。額縁の裏を開けたりとか、そういう作業が楽しいですね。意外なものがあるわけではないですけど、普段見えないものなので。重さとか質感、匂いがあるものもありますし、厚みもあります。100年前とか200年前のものを扱う時はそういう蓄積を感じます」

展覧会を作りコレクションを「公開」する仕事は、あくまで学芸員の仕事の一部分でしかない。その役割の裏側、大もとには「保存」という重要な作業がある。

「たとえばポーラ美術館では100年~150年前の作品を多く持っています。ルドンだと120~130年前の作品。それを100年後の今に伝えている。100年後も見ていられるように保存する。これが美術館としてのいちばん大きな機能です」

箱根の森の中にあるポーラ美術館。遊歩道もあり、ブナやヒメシャラが群生する富士箱根伊豆国立公園の自然を楽しめる

美術館を訪れる一般客としては、「公開」の部分でしか接していないように思えるが、実はそうでもないという。

「絵の前にガラスが入っているのがわかりますか? 気づきにくいと思いますが、これは低反射ガラスっていう作品専用のガラスが入っているんです。UVをカットしたり、静電気が起こらないような処理がしてあるガラスやアクリルを使っているんですね。これも保存の一環。お客さんに公開しながらも、作品は影響を受けないように保存しているんです」

時代を超えて美術作品に触れ、現代の文化や感覚とつなぎながらリアリティーをもって楽しむ。その喜びを味わいに、この秋、ぜひ足を運んでみてはいかがだろう。

仕事場の写真のつづきはこちら


この仕事場から生まれたもの

ルドン

「ルドン ひらかれた夢 幻想の世紀末から現代へ」

19世紀末から20世紀初頭にかけてフランスで活動した芸術家オディロン・ルドン。不気味な怪物たちがうごめく光景や、幻想的な世界を絵画にしたルドンは、心の奥に潜む「内なる世界」に孤独に向き合い作品を描いた孤高の芸術家と考えられてきた。近年の研究をもとに、夢の世界に生きた孤高の幻想画家という従来のルドン像を超えて、様々な価値観が交錯する時代のなかで探究を続けたルドンの姿を捉えなおす。世界的なルドン・コレクションを誇る岐阜県美術館から借用した88点をはじめ国内の101点のルドン作品を展示。版画作品からパステル、素描、油彩画、装飾美術まで、初期から晩年までを網羅した。

ポーラ美術館(神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285)にて2018年12月2日(日)まで開催中。
開館時間は9:00〜17:00(最終入館16:30)。

「ルドン ひらかれた夢 幻想の世紀末から現代へ」
http://www.polamuseum.or.jp/sp/odilon_redon/


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PROFILE

高橋有紀(たかはし・ゆき)ライター

2004年に国際基督教大学卒業後、英語学習情報誌「AERA English」の校閲、編集に携わる。 週刊誌「AERA」、ダイヤモンド・オンラインほかでビジネス、教育、カルチャー、トレンドなどの分野を中心に取材、執筆。

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