上間常正 @モード

アメリカの歴史と歩んだ服 「ブルックス ブラザーズ展」

  • 上間常正
  • 2018年10月26日

エイブラハム・リンカーン大統領が着たフロックコートのレプリカ

 作ってきた服が、その国の歴史と共にあるようなブランドがある。東京・代々木の文化学園服飾博物館で開かれている「ブルックス ブラザーズ展―アメリカンスタイルの200年、革新の2世紀―」を見ると、このブランドがその代表的な存在の一つであることがよく分かる。

 このブランドは創業者のヘンリー・サンズ・ブルックスが、1818年にマンハッタンの南端に高品質の紳士用品店を開いたのが始まりだった。ニューヨーク市の人口がまだ十数万人だった頃で、そんな店のパイオニアでもあったようだ。ヘンリーの4人の息子たちが店を継ぎ、1850年に社名をブルックス ブラザーズに変更した。

 シャツやスーツなどを仕立てるようになったが、その基本は彼らのルーツである英国紳士服の伝統的スタイルだった。1849年には常識を破る試みだった既製服のスーツを販売した。1896年に発表したボタンダウンシャツは、取り外し式だった襟のシャツの時代を終わらせた。

ブルックス ブラザーズは軍服との関係も深い。民主主義のために勇敢に戦うアメリカ軍兵士というイメージの象徴だったのか

 ゴルフやポロ、狩猟、セーリングなど英国上流階級のスポーツにヒントを得たアメリカ風カジュアルウェアのジャンルも確立させた。肩パッドやダーツなしで段返り三つボタンの軽快なジャケットは、アメリカ東部の名門大学の学生たちに制服のように好んで着られ、日本の戦後のアイヴィールックの手本になった。

 そして何よりも、シンプルだが素材と仕立ての良いブルックスのスーツは、ワシントンやニューヨークのマディソン街をはじめアメリカの各界で活躍する男性たちの“制服”になったこと。大統領も例外ではなく、歴代の大統領で顧客でなかったのはわずか数人だったという。トランプ大統領とオバマ前大統領もブルックス ブラザーズの同じようなコートを着て挨拶(あいさつ)をしている写真もある。

男子学生のブルックスの服を女子学生が着ることも多かった。いまで言う“ボーイフレンドアイテム”のはしりともいえる。1976年からは本格的な女性服売り場も

 展示では実際の服やレプリカ、また手際よく整理された豊富な資料や写真を通して、このブランドが創業以来の200年にアメリカの歴史を衣服によって象徴してきたことが具体的によく分かる。

 エイブラハム・リンカーン大統領は、1865年の2期目の就任式にブルックスの黒いフロックコートを着用し、その5週間後に劇場で暗殺された時も同じコートを着ていた。痛んだオリジナルのコートの寸分たがわないレプリカも展示されている。歴史の教科書で見た、1945年のヤルタ会談でスターリンと並んで座ったフランクリン・ルーズベルト大統領が着ているケープもやはりブルックスなのだ。

 日本でブルックスに注目したのは、戦後のアイヴィールックだけではない。日露戦争後の講和会議に日本の全権大使として臨んだ小村寿太郎は、会談前にブルックスでフロックコートを仕立てた。大男のロシア全権代表に威厳で負けないようにとの策だったという。そんな興味深い服の展示も。

トム・ブラウンやジュンヤワタナベらとのコラボレーションなども

 作家スコット・フィッツジェラルドが小説「グレート・ギャッツビー」で書いた、1920年代の好景気に沸くニューヨークで、豪華でエレガントだが退廃的で不安にも満ちた上流階層の青年たちの生活ぶりを象徴したのもブルックスの服だった。展示では2013年の映画化された時の衣装や映像を紹介している。

 映画といえば、「アラバマ物語」(1962年)で正義感に富んだ弁護士を演じたグレゴリー・ペックが着ていた三つ揃(そろ)えのスーツ、「卒業」(1967年)で名門大学を卒業したばかりの青年役のダスティン・ホフマンが着たツイードのジャケットやボタンダウンシャツ、細身のパンツもブルックス ブラザーズだった。展示品には、スティーブ・マックイーンが使っていた顧客カードなども。

 ブルックスを着た著名人のパネル写真を見ると、ロックやジャズの伝説的なミュージシャンやポップアーティストなどのファンも数多い。ブルックス ブラザーズの服は確立した定番スタイルだからこそ、変化にも対応できるということなのだろう。

小村寿太郎全権大使が発注したフロックコート(現物)

 ブルックス ブラザーズの特筆すべき特徴は、世界の最高権力者ともいえるアメリカの大統領や世界のトップビジネスマンが公式の場でも着られる服としては価格が安いことだ。その意味では、グローバルな高級服としては最も民主的かつ現代的な服だといってよい。

 とはいえ、アメリカの民主主義のあり方も今では大きな揺らぎや綻(ほころ)びを見せ始めている。トランプ大統領のブルックスのコートが似合って見えないのも、そうしたことの表れなのかもしれない。

 展覧会は、11月30日まで。日曜・祭日休館。入場料 一般500円。

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PROFILE

上間常正(うえま・つねまさ)

写真

1972年、東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。88年からは学芸部(現・文化くらし報道部)でファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化学園大学・大学院特任教授としてメディア論、表象文化論などを講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。

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