ほんやのほん

本は“世の中の酸素”である。『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』

  • 文・八木寧子
  • 2018年10月29日

撮影・猪俣博史

  • 『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』内田洋子 著

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9月の終わり、上野の森美術館で開催されていた「[世界を変えた書物]展」に駆け込んだ。金沢工業大学が所蔵するコレクション“工学の曙文庫”から、選りすぐられた稀覯本(きこうぼん)が数多く展示されていた。

多くは初版本のオリジナル原書で、緻密(ちみつ)に構成された会場は文字通り「知の森」であった。ニュートン、コペルニクス、ダーウィン、レントゲン……。見る限りもっとも古い書物は1400年代のものである。

数々の発見や発明があり、それらが書物に著されたことで、人類が誇る「叡智(えいち)」は世界に広まった。その営みが一冊一冊の本、一ページ一ページに刻まれている。私はそれらの前で立ちすくんだ。畏敬(いけい)としか言いようのない思いが湧き上がるのを止められなかった。そして思った。それらの書物を印刷し、運び、売った人たちの功績も計り知れないものなのだと。

本の行商のルーツをたどるノンフィクション

『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』では、その“運び、売った人たち”にスポットライトが当てられている。中世のイタリア、トスカーナの山深い村・モンテレッジォから本の行商に出た者たちのルーツを辿(たど)るノンフィクションだ。

きっかけは、ヴェネツィアの古書店だった。資料探しによく立ち寄る古書店で、内田さんは店主のルーツがモンテレッジォという小さな村と知る。さらに、その村の人たちはかつて“本の行商”で生計を立てていたと聞くに及び、もう居ても立ってもいられなくなる。それから内田さんはジャーナリスト魂をフル回転させながら、つてを辿ってついにモンテレッジォへ足を踏み入れる。そこは、「海と山、山から山を結ぶ古からの要道が交差する地点」にある、石と栗の木と坂道しかない、本当に小さな村だった。

何度も村に足を運ぶ内田さんの前に、「中世の利権と血縁の樹海」が立ちはだかる。口を開けていたのは、「中世の黒い森」だったのだ。だが、内田さんは粘り強く取材を続け、村人がどうして本の行商に携わったのか、どのようにして本を運んでいたのか、埋もれた歴史を明らかにしていく。唯一の産物である石と栗をフランスやスペインまで売りに行った村人たちは、復路で本を預かり、売り歩きながら村へ戻ったのである。

フィレンツェから追放されたダンテも村に立ち寄ったという伝承。村人たちが多くの人に届けた禁断の書や、娯楽の本。「毛細血管のようにイタリアの隅々まで本を届けに行く胆力と脚力」を備えた行商人たちの軌跡が、内田洋子というひとりのジャーナリストによって繙(ひもと)かれたのだ。

この本は紛れもなくノンフィクションだが、歴史を遡(さかのぼ)る冒険小説のようでもある。交通の便もない小さな村への波乱に満ちた紀行文であると同時に、本をめぐる多くの人たちとの出会いの書でもある。

「本は、世の中の酸素」だと内田さんは言う。そして、かつて本の行商人、モンテレッジォの村人たちがイタリアの歴史を底から変えたように、現代の書物にも、時代を支え、変え得るほどの「知識」や「情報」がぎっしりと詰まっているのだと私たちにメッセージを送る。

「本の行商とは、本を売るだけの商売ではなかったようだ。現代の書店が、本を売るだけの場所ではないように」

内田さんを通して、中世から手渡されたバトン。それをしっかり握りしめて、明日も店頭に立ちたいと思う。


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PROFILE

八木寧子(やぎ・やすこ)

写真

湘南蔦屋書店・人文コンシェルジュ。新聞社、出版社勤務などを経て現在は書店勤務のかたわら文芸誌や書評紙に書評や文芸評論を執筆。ライターデビューは「週刊朝日」の「デキゴトロジー」。日本酒と活字とゴルフ番組をこよなく愛するオヤジ女子。趣味は謡曲。
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第12回 代官山 蚤の市 が開かれます!

nominoichi

~フランスの蚤の市の雰囲気を代官山で再現~
代官山T-SITEでは、アンティークショップの名店やグリーンのお店、飲食店を一同に集め、『第12回 代官山 蚤の市』を開催します。

代官山 蚤の市は、フランスの蚤の市をテーマにアンティーク・ブロカント・古着・グリーンやお花などを取り扱う約50もの名店が集まります。
それぞれが買い付けてきた素敵なアイテムを出品します。
例年多くのアンティークファンの方々にご好評いただいております。
くわしくは代官山 蚤の市HPまたはFacebookへ。

日時/11月5日(月)、6日(火)9:00~16:00
開催場所/第1会場 : 代官山T-SITE駐車場
第2会場 : 2号館3号館間屋外スペース(メインストリート)
第3会場 : 代官山T-SITE GARDEN GALLERY

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八木寧子(やぎ・やすこ)

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湘南蔦屋書店・人文コンシェルジュ。新聞社、出版社勤務などを経て現在は書店勤務のかたわら文芸誌や書評紙に書評や文芸評論を執筆。ライターデビューは「週刊朝日」の「デキゴトロジー」。日本酒と活字とゴルフ番組をこよなく愛するオヤジ女子。趣味は謡曲。
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