相棒と私

長塚圭史さん「哲さんとやるなら高い壁じゃないとつまらない」

  • 文 坂口さゆり 写真 馬場磨貴
  • 2018年11月2日

  

友だちとも、恋人とも違う、同じ目的を共有する「相棒」とはどんな存在? 「相棒」との大切なエピソードを語っていただくこの連載。今回登場してくださったのは、11月3日から始まる舞台『セールスマンの死』の演出を担当する長塚圭史さんです。

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私:長塚圭史(劇作家・演出家・俳優)
相棒:田中哲司(俳優)

たなか・てつし 1966年生まれ、三重県出身。日本大学芸術部演劇学科を卒業。千葉哲也、長塚圭史、永井愛、栗山民也、小川絵梨子、赤堀雅秋などの演出の舞台に出演。テレビドラマ『あなたには渡さない』、『緊急取調室』、『CRISIS 公安機動捜査隊』。映画「夜空はいつでも最高密度の青色だ」、『音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!』、『人魚の眠る家』、『十年 Ten Years Japan』、『生きてるだけで、愛』など。

劇作家にして演出家、俳優としての顔も持つ演劇人、長塚圭史さん。彼が相棒として名を挙げたのは俳優の田中哲司さんだ。

どこにでもいるような男を演じることもできれば、役に合わせた色をつけることもできる――。そんな俳優としての力量に加えて、長塚さんが田中さんに惹(ひ)かれるのは、何より芝居がすごく好きで、舞台に立てることに幸せを感じていることだ。

そんな田中さんだからこそ、芝居に対してとびきり熱い。時に長塚さんと芝居を巡って“殺し合いのようになる”ことさえあるという。熱をぶつける相手は演出家だけではない。共演者に対しても、生半可な態度の俳優を見ると火がつくらしい。

田中哲司さん

「面白いなぁと思うのは、自分の演技に満足している俳優に対して哲さんは《なんだそれ?》という顔をします。それが怖いんですけど(笑)。まあまあな所に甘んじている者だけでなく、彼が期待していたり愛情を持っていたりする俳優がまあまあなことをやっていると、叱りつけるようなところがあります。哲さんは《それでいいのか》って言葉にしちゃう。自分の得意なことだけで勝負していていいのか、同じようなことだけで認められることでいいのかって」

そんな火の玉のような演劇魂を持つ田中さんだからこそ、長塚さんが「彼しかいない」と見込んで依頼した戯曲がある。戦前から戦後にかけて活躍した劇作家・小説家三好十郎の長編戯曲『浮標(ぶい)』だ。長塚さんが主宰する創作団体「葛河思潮社」でこれまで3度一緒にやってきたこの作品こそ、長塚さんが田中さんを相棒と呼ぶ最大の理由だ。

長塚さんが初めてこの戯曲に出会ったのが、2008年に留学した先の英国ロンドンだった。日中戦争の影が忍び寄る1930年代末の千葉県郊外の海岸を舞台に、生活の困窮、芸術の危機、最愛の妻の病苦などに対峙(たいじ)する洋画家の久我五郎の壮絶な人生を描く。日本語の美しさに触れ、祖国という言葉、生命の絶唱が、英国で孤独だった長塚さんの心に強烈に響いた。

「日本に帰ったら『浮標』をやりたい!久我五郎は哲さんにやってもらいたい!!」

しかし、4時間にもなる戯曲は台本を読むだけでも「めまいがしそう」(長塚さん)なほど大変な代物。まずは田中さんに戯曲を読んでもらうようお願いした。すると、 後日田中さんからきた返事は、「これをやれるんだったら、俺、ギャラいらないわ」だった。

「やっぱり哲さんは信用できると思いました(笑)」

『浮標』に惚(ほ)れ込んだのは長塚さんだけではなかったのだ。

すべてのはじまり舞台『浮標』

初演は2011年初頭。劇場は現在長塚さんが手掛けている『セールスマンの死』と同じ神奈川芸術劇場だった。ところが、これがとんでもない経験だったと、当時を振り返る。

五郎が妻を看病する数日間の芝居ながら、まずセリフがとてつもない分量だった。普段と同じ要領ではとても覚えることができない。田中さんは、長塚さん演じる医者と五郎との対峙シーンをこなし、さらに最後の万葉集を絶叫するシーンまで、膨大なエネルギーを放出し続ける。幕が降りる頃には立てなくなるほどだ。

吉祥寺シアターでの公演は1日2ステージ。4時間の1ステージが終わると、田中さんは泣き腫らした目が開かないほどボロボロに。一服する間もなく楽屋は暗くなり、「開場します」という無情のアナウンスが響く……。長塚さんは「ごめん」と謝るしかなかった。

「『浮標』は砂を敷き詰めた舞台に、黒い木枠に黒い椅子を両サイドに置くというだけのセット。最後は登場人物たちが額縁の外から中をじーっと見つめるといった演出です。1930年代の戯曲を現代にどうやって映し出すか、英国から帰ってからはいかにお客さんのイメージを活用して舞台で成立させようか頭を凝らすようになりました。こうしたハードルを一緒に面白がってくれるのが哲さんなんです。『浮標』は僕が作った創作団体『葛河思潮社』の始まりの作品でそれ以降哲さんと全作品を一緒にやっています」

作品は高い評価を得て、初演はそれなりに集客もあったが、再演、再々演では集客に苦労したという。再演のある公演ではこんなことがあった。

「ある時、幕が開いたら、哲さんが《あっ!》て声に出した時がありました。思いの外、空席が多かったんです。でもその時、彼に何か火がついたのがわかった。とてつもない劇にしてやろう!という気迫が伝わってきました」

地方公演でもホールのサイズが合わず空席が多いことはあった。長塚さんは「とにかくみなさん前に集まってきてください」とお客様に言ってから舞台を始めたという。

「でも、最後はスタンディングオベーション。そういう苦労や困難を哲さんと乗り越えてきたんです」

  

『浮標』に憑(つ)かれたように惚れ込んだ長塚さんは3回目の公演も目論んだ。だが、「もう体が持たない」という田中さんに無理強いはできなかった。セリフが膨大なだけに準備にも時間がかかる。2回目の公演では田中さんが半年前から台本を手にしていたことを知っていた。だが、五郎は田中さんでないと成立しない。3回目の出演交渉をいつするか。長塚さんは悩み続けた。

しかし、チャンスは突然降ってきた。ある飲み会で、一緒だった女優さんが『浮標』で田中さんがどれだけステキだったか、ベタ誉めし始めたのだ。

「またやったら見たいですか」と長塚さんはすかさず彼女に尋ねると、「絶対見たい!」と彼女が言ってくれた。「じゃあ、哲ちゃん、もう一回やる?って聞いたら、《やるか》って。翌日すぐに正式にオファーしました(笑)」

長塚さんは、田中さんがどう思っているかは知らないが、と断った上で、「僕も哲さんも『浮標』という作品に育てられた」と話す。どれだけセリフを自分のものにするかが大事で大変なことか。全てはそこからスタートするということを改めて身にしみて知った。当たり前のことではある。だが、そのことをしっかり意識している二人だからこそ、観客を圧倒する作品が生まれるのだ。

長塚さんにとって田中さんは常に「次の作品は何をやろうか」と考えている俳優だと言う。にも関わらず、今年5月のマーティン・マクドナーの戯曲「ハングマン」以降、田中さんとの次の作品が決まっていない。この6、7年の間で初めてのことだ。

「想定している作品が1つあります。でも、それはあまりにもハードルが高すぎて、まだ手を出せない。二人芝居で一緒にやろうと言われていますが、演出もやれと言われているので、そうなると死んじゃうかもしれないとか、役者としての僕が追いつかないとか、いろんな思いがあって。でも、僕はどこか、哲さんとやるなら高い壁じゃないとつまらない、って思ってしまうんですよね」

互いの能力を高め合うことができる。それが相棒か。次の新作はもちろん、長塚さんの話を聞いていたら二人が全身全霊で見せる『浮標』もぜひ見たくなった。

   ◇

長塚圭史(ながつか・けいし)
1975年5月9日、東京都生まれ。早稲田大学第二文学部演劇専修在学の1996年に演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を結成。主宰としてほぼ全ての作品の作・演出を手がける。2004年、『はたらくおとこ』、『ピローマン』の演出で第4回朝日舞台芸術賞と芸術選奨新人賞を受賞。08年9月から1年間、文化庁・新進芸術家留学制度でイギリスに留学。11年1月、自ら立ち上げた「葛河思潮社」の第一回公演で三好十郎の『浮標(ぶい)』を上演(その後、12年、16年にも上演)。演出家としての最新作はアーサー・ミラーの戯曲『セールスマンの死』。演出のみならず俳優としても舞台や映画、ドラマと多方面で活躍。

『セールスマンの死』

1950年代前後のアメリカを舞台に、戦後の競争社会の問題や家庭の崩壊、若者の挫折感などアメリカ社会の影を描いた、アメリカ現代演劇の旗手アーサー・ミラーの代表作。今回の公演では風間杜夫さんと片平なぎささんを中心に「昭和の匂いがフッと嗅げるような、親しみやすいキャスティングを作りました」と長塚さん。
「この作品はいつの時代にもあり得る普遍的な作品。主人公のウィリー・ローマンは、セールスマンこそ夢を叶えるのにふさわしい仕事だと信じてきましたが、大量消費社会へと進みゆく戦後のアメリカで大きな矛盾を抱えています。ぼくらの時代もどんどんデジタル化していく中で、手触りや人の気配がなくなっている。インスタグラムの中でニコニコしているのが幸せであるかのような、本当の意味での実感を失っている時代。彼の抱える矛盾と時代に置いておかれる感じがとても生々しいです」。多くの人が知る物語だけに、長塚がどんな演出で見せるのか、期待が高まる。

作:アーサー・ミラー 翻訳:徐賀世子 演出:長塚圭史 出演:風間杜夫 片平なぎさ 山内圭哉 菅原永二 伊達暁 加藤啓 ちすん 加治将樹 菊池明明 川添野愛 青谷優衣 大谷亮介 村田雄浩 公演日程:11月3日~18日(3、4日はプレビュー公演) 会場:KAAT神奈川芸術劇場ホール


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