上間常正 @モード

貫き通した芦田流エレガンススタイルの不滅 芦田淳さんを悼む

  • 上間常正
  • 2018年11月9日

芦田淳さんのポートレート(いずれも「ジュン・アシダ」提供)

 身に備わった上品さと反抗精神、そして純真で複雑な子供っぽい感性と大人の端正で洗練された美意識。先月20日に88歳で亡くなった芦田淳さんは、そんな要素が見事に融合した稀有(けう)なデザイナーだった。60年以上もの長きにわたって現役として作り続けた服は、ことさらの新しさや独創性といったような主張はしなかったが、これからも続くに違いないスタイルを確立した。

 1930年(昭和5年)、韓国の古都全州の生まれ。父親は京都・丹後で300年以上続く旧家の長男だったが、あえて全州に雄飛。そこで開業医として成功して財を成した。芦田さんは8人兄弟・姉妹の末っ子で、裕福な暮らしの中で可愛がられて育った。兄3人は帝国大学に進学、もう1人の早稲田大学を出た兄は冷遇されて後に養子に出された。

 そんな家風を嫌った芦田さんは高校を卒業後、ファッションデザイナーを志し、画家・中原淳一に師事してデザイン画の練習に励んだ。兄たちから「男のくせに女の服をつくるなんて」などと強く反対されたが、兄たちとは別の道で一流になってみせると意志を曲げなかったという。1953年(23歳)に東京・茅場町のアパレルメーカーに入社、デザインした服が好評でよく売れた。

 その後いくつかのメーカーに引き抜かれる形で移り、髙島屋の顧問デザイナーを経て1963年に独立して「ジュン・アシダ」を設立した。戦後の経済高度成長期を迎え、ファッションも仕立て服からプレタポルテ(高級既製服)が世界的にも主流になり始めた頃だった。ジュン・アシダの服は、そのまま日本のプレタポルテへの流れの牽引(けんいん)役となった。

(2011年春夏コレクション)

 77年から79年までは、パリ・コレクションにも参加した。5シーズンで止めたことについて、芦田さんは著書の中でこう書いている。「奇をてらった提言重視型の服や、服づくりの概念を破壊するような派手なショーだけが持てはやされるメディアの風潮にも、ほとほと嫌気が差していた。単なる話題づくりで終わっても意味がない。私の服づくりの基本はあくまでエレガンスの追求なのだ」

 皇太子妃時代の美智子さまの専任デザイナーとして仕立てた服や、全日空の客室乗務員の制服、オリンピック選手団の公式ユニホームでも、その服づくりの基本理念が貫かれていた。素材や仕立てが上質で、バランスが良くて、シルエットが美しい服。それがジュン・アシダの美意識にかなうエレガンスなのだろう。調和がとれた統一感のある簡潔さの奥には、熱い心と躍動感があるのだ。

「エレガンス不滅論。」展より

 その美意識を生み出したもう一つの支えは、少年の利害抜きの直観力のような「人への思い」だったのではないか。仕事の面でも大きな支えとなった最愛の妻・友子さんをはじめ、パリの超高級地区にジュン・アシダの店を開くきっかけとなったフランス人女性編集者や故マンスフィールド元駐日米国大使夫妻ら国内外の多くの友人との交流も、思いがすぐ涙になってしまう感覚の素直さに支えられていた。

 交流の相手としては末端ながら、筆者もいささかの体験がある。胃がんの手術後数カ月でどうにか仕事に復帰した頃、芦田さんがさりげなくスッポン料理や東京ドーム球場の巨人戦にご招待いただいた。批評をする記者とはお互いにプライベートな距離を保つべきことは十分に知ったうえで、こちらの心身の痛ましさから目を背けることができなかったのだと思う。

 朝日新聞の読者の「声欄」に、24歳の時に会社の退社式のために買ったジュン・アシダのシルクのワンピースを数年前の還暦同窓会に着ても、古さを全く感じなかった、亡き母もファンでしたとの投稿があった。また、芦田さんが日本の若者に伝えたいこととして「トイレで手を洗ったら、次の人のために洗面台をふくこと」と語った記事を読んで「亡き母を思いました……エレガントでしょ、と天上で笑っているでしょうか」との投稿も。

芦田多恵さんのポートレート

 ジュン・アシダのエレガンスのスタイルは、これも稀有なことだが、次女の多恵さんがデザインする次の世代の感性を生かした「タエ・アシダ」で、また「ジュン・アシダ」もこれまで通り続く。ブランド創立50周年を経て2014年に国立新美術館で開催した作品展のタイトルは「エレガンス不滅論。」だった。

タエ・アシダの2019年春夏の新作

 そしてこのタイトルは、芦田さんのエレガンスのスタイルとブランド「ジュン・アシダ」の不滅にも結果としてなることを期待したい。

 「芦田淳 お別れの会」が12月7日正午から午後1時まで、東京都千代田区内幸町の帝国ホテル本館2階孔雀(くじゃく)の間で開かれる。


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PROFILE

上間常正(うえま・つねまさ)

写真

1972年、東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。88年からは学芸部(現・文化くらし報道部)でファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化学園大学・大学院特任教授としてメディア論、表象文化論などを講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。

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