スリランカ 光の島へ

<10>私は「CRAZY」なパン屋さん

  • 文・写真 石野明子
  • 2018年11月16日

ナタリー・プジョールさん

スリランカに来たばかりの頃、友人が「おいしいパンを売っている人がいるよ」と教えてくれた。フランスの伝統的なバゲット、お菓子を売っているそのお店の名前は『バゲット』。仕掛け人は日本語を上手に話すフランス人女性、ナタリー・プジョールさんだった。

「仕事に疲れきっていたときに、バケーションでスリランカに来ました。そのとき本当の自分の心の声が聞こえたんです」

ナタリーさんはアメリカ留学で日本人の彼氏ができた。留学を終えたあと、その彼とともに来日し日本で就職した。彼とは別れたけれど、最終的には20年間、日本で広告代理店や銀行の広報などキャリアを積んだ。給料は申し分なかったが、自分の時間を削り、ただただ働き続けることに疑問が出てきた。

それに周りからの「結婚しないの?」「彼氏は?」と仕事とは関係ない重圧も、ナタリーさんの居心地を悪くさせた。そんなとき、いつもは必ず誰かと出かけていた旅行に1人でふらっと出かけたそうだ。それがスリランカだった。

「ゴールの街(スリランカ南部)は私の生まれた南仏にどこか似ていて心が揺さぶられました。まだまだこれからの国、だからこそ自分ができることがあるんじゃないかと思いました」。1人で出かけたことが自分と向きあうきっかけにもなった。

小麦粉のおいしさがダイレクトに伝わるナタリーさんのバゲット、250ルピー(約170円)

ナタリーさんは自分が好きだった料理の世界で挑戦しようと心を決めた。友人たちに自分の決断を話すと「安定した生活を捨てるの? クレージー!」という反応も。

「確かにそうですよね。パン屋をやったこともなければ経営者になったこともない。しかもそれを縁もゆかりもない場所でやろうとするんだから」と笑って話すナタリーさんはとてもチャーミング。「でも情熱だけはその時からずっと消えていません」

料理学校で基礎から学び、20年間働いてためた貯金を元手に再びスリランカに戻り、会社を起こした。移住する前に何度も足を運び、人脈をつくり準備をしてきた。市場調査で外国人や富裕層が望むようなパンやお菓子がないことがわかった。本物のバゲットやフランスのお菓子を売るというビジネスプランがこのとき固まった。

でもここは発展途上国、ビジネスのシステムは成熟していないし、外国人とわかればふっかけられることも当たり前。お店がオープンするまでのまわり道には、思いのほか時間とお金がかかった。それまでは郊外のファクトリーからのデリバリーのみでビジネスを続けてきた。「でも私はパイオニア。新しいことを始めるには時間がかかるのが当たり前だと、頭を切り替えてふんばってきました」。そしてナタリーさんのパンの味を知った人から、お店を出さないかという提案を受けた。

心が折れることも、耐えられそうにない時だってもちろんある。「そんな時はまずは泣く! 思いっきり泣いたらシャワーを浴びて、信じられる友人ととことんおしゃべり」。完璧主義の自分の性格が、こののんびりした南国でビジネスを進める際には短所になってしまうと気づいた。核は変わらず、でも他の部分はできるかぎり柔軟に対応する。いつしかその柔らかさはナタリーさんの強さになった。

2018年1月、お店がオープン。3年半の月日がかかった

「いい1日ばかりじゃないけれど、毎日が本当にエキサイティング。私は今心から自由なんです。何が自分にとって幸せかがはっきりわかるし、それを選ぶことができる」

スリランカで本格的なバゲットやライ麦パンを買えるのはここだけだ。早朝にインタビューにお邪魔したのだが、3週間分をまとめて買って行く人や、散歩途中にふらりとお菓子を買って行く人、レストランオーナーなどお店には在住外国人だけでなく、スリランカ人のお客さんも多く訪れていた。「大人気ですね」と言うと「まだ私のお給料が出るほどはもうかってないの! 次の目標ね」と、ナタリーさん。

スリランカのパンは柔らかく、バゲットのような噛(か)みしめる味わい方に初めは戸惑うスリランカ人のお客さんがほとんどだそうだ。ナタリーさんはバゲットの楽しみ方やチーズや生ハムも一緒に紹介する。クレームブリュレを出したときは、キャラメルのパリパリが邪魔だと言われたそう!

ナタリーさんにインタビューした日の帰り道、「やらない後悔」より、「結果はどうあれ挑戦してみる」というナタリーさんの言葉を思い出し、同志がいるような気がしてなんだかうれしくなった。ナタリーさんのお店は今日もパンのいい香りで満たされている。そしてナタリーさんの挑戦のおかげで私たちの食卓もおいしい幸せで満たされる。

ナタリーさんのパンが買えるお店
■Baguette Bakery & Cafe(バゲット ベーカリー&カフェ)
62 Havelock Road, Colombo 5, Sri Lanka
+94-11-255-9455
8:00-19:00
https://www.baguette.lk/

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PROFILE

石野明子(いしの・あきこ)

いしのあきこ

2003年、大学卒業後、新聞社の契約フォトグラファーを経て06年からフリーに。13年~文化服装学院にて非常勤講師。17年2月、スリランカ、コロンボに移住して、写真館STUDIO FORTをオープン。大好きなスリランカの発展に貢献したいと、その魅力を伝える活動を続けている。
Instagram @studiofortlk
http://studio-fort.com/
http://akikoishino.com/

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石野明子(いしの・あきこ)

いしのあきこ

2003年、大学卒業後、新聞社の契約フォトグラファーを経て06年からフリーに。13年~文化服装学院にて非常勤講師。17年2月、スリランカ、コロンボに移住して、写真館STUDIO FORTをオープン。大好きなスリランカの発展に貢献したいと、その魅力を伝える活動を続けている。
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http://studio-fort.com/
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