わたしの みつけかた

<3> 過去の恋愛を乗り越え、心を開く ~木のポーズ

  • リザ・ロウィッツ 吉澤 朋
  • 2019年1月4日

撮影/篠塚ようこ

ヨガの先生兼スタジオ・オーナーであり、作家でもあるリザ・ロウィッツさん。理解のあるパートナーにも恵まれている彼女の人生は、しかし、全てが順調だったわけではありません。誰かと向き合うことは、自分とも向き合うこと。リザさんの自伝的小説 “In search of the Sun” からご紹介する連載、第3回は、運命的な出会いから、自分と向き合い、相手に心を開けるようになるまでの、リザさんのストーリーです。

    ◇

すべてにYESと言うこと

1993年。梅雨の頃。渋谷のアパートの窓から、土砂降りの雨を眺めていた。超高層ビルやタワーマンションのはざまに残る、古い木造アパートの1階に部屋を借りて、ちょうど4年。背の高いビルが立ち並ぶ街にもまだ残っているお寺や木造住宅もあって、私はそんな景色の見える裏通りの方が好きだった。

手を焼く子供も、気遣いする夫もいない。東大でアメリカ文学を教えて、書評を書いたり、時にはコラムを担当したりもする。ジムにも行くし、友達と一緒にディナーに行くことも。ヒールを脱ぎ散らかしたまま、布団に飛び込んで好きな本や雑誌をめくっても誰にも何も言われない。気ままな一人暮らし。

雨音を聞きながら、新聞をめくる。星座占いによると、今日は私の星がある一定の並びになる、200年に一度のタイミングらしい。とにかく、今日何が起こったとしても、それが何であったとしても、「YES」と言うこと、と書いてある。

新聞をたたみながら思う。たとえ私の知らない何かを宇宙が知っていたとしても、この土砂降りの中、何か起こるなんてあり得る? もう夕方だし。

そう思っていたら、電話が鳴った。アメリカ人の友達ワダダからで、今夜横浜のジャズバーでライブをするから来ないかと誘う。この雨の中30分もかけて横浜まで? 断る理由が口先に出かかったところで、ふと星の巡り合わせを思い出す。もしかしてこれが「YES」と言うべき出来事? 

ベスを誘ったら、二つ返事で行くと言うので、出かけることにする。
1時間後に薄暗いバーに着いた頃には、傘も持ってたのに服はびしょぬれ、しかもライブは始まっていた。

ワダダはトランペットで、サブという人がドラムをたたいていた。ベスはもう中に入って待っている。背が高く金髪の彼女は、日本語も堪能で、有名な出版社に勤めていた。何件もの締め切りを抱えているだろうに、土砂降りの夜の誘いに応じてくれる心の広い彼女の隣に座り、飲み物を注文した。

「来てくれてありがとうね」
彼女は応えるように頷(うなず)くと、グラスを傾けた。カチン、とグラスを合わせて、乾杯。
世界の終末みたいな音楽だった。バーテンダーに大声で話しかける女性。録音している誰かのテープレコーダーから点滅する赤い光。パイプの煙が、混沌(こんとん)としたジャズ演奏と交じり合って漂う。ベスと見つめあって思う……なんだが長い夜になりそう。

彼女の肩越しに日本人の男の子が座っているのに気づく。壁にもたれかかるようにして、ゆっくりとタバコを吸いながら、半分目を閉じている。音楽に集中しているようにも見える。短い黒髪で、軽く陽に灼(や)けたつやつやの肌。ポロシャツに、裸足のデッキシューズ。履きこんだジーンズ。かわいいけど、年はかなり下かもしれないな。専門学生にも見える彼は、こんな薄暗いバーには不似合いにも見えた。

私もたばこに火を点(つ)ける。彼の方に視線を戻すと、深く煙を吸い込んだところだった。私も煙を吸い込みながら、じっと見つめる。煙を吐き出すところで私の視線に気付いた彼は、目を逸(そ)らすことなく、また煙を吸い込んだ。無言のやり取りが続く。私はそこまでたばこが好きなわけではないけれど、煙を介した会話が楽しくなっていた。言葉よりも、直感的で。なんとなく、日本人ぽくないところも面白いと思った。

「彼とちょっと話してみる」

音楽が終わったところで、腰を浮かせながら「彼とちょっと話してみる」と呟(つぶや)く。ベスは驚いた顔で「本当に? 知らない人でしょ?」と聞くので、「これから知り合うかも」と、本心よりも強気な答え方をした。

勝手にすれば、といった表情のベスを後ろ目に、彼のテーブルに向かう。彼は隣の椅子を引くと、「Thank you for coming over -こっちに来てくれてありがとう-」と英語で言った。音楽、雨、カリフォルニア、そして日本について、私たちは話した。すごく自然に。彼は緊張でおでこに汗をかいたり、しどろもどろになったりしない。ごく普通のおしゃべり。今まで出会った日本人男性とはちょっと違うと感じた。

「あんまり日本人ぽくないね」と言う私に、ちょっと照れたような表情で「日本人であるよりも、まず人間でありたいと思う」と真面目に答える。
深く頷きながら、その感覚をしばらく忘れていたな、と気づく。この地で、「外国人」でいることに、そしてそう見られることに慣れすぎていた。

彼の名前は省吾。ドラマーのサブの友達だと教えてくれた。詩人で、ジャズについての詩を集めた本を出版したばかりだと言うことも。私もライターなの、と伝える。まだ本を出したことはないけれど。
室内が熱くなってきて、省吾は袖をまくり上げた。あらわになる筋肉。彼の仕草が恥ずかしそうで、それがどちらかと言うとかわいかったので、悪気はないけど笑ってしまった。

空手家でもあるという彼の腕は細くて、引き締まっている。
ベスが立ち上がったので、こっちに来るように手招きすると、手を振る。雨が上がったので、帰るにはちょうど良いタイミングだった。省吾に名刺を渡すと、お決まりの流れで彼も自分の名刺をくれたので、丁寧にお辞儀をして、別れた。
もう真夜中近い。最終電車に急いだ。

「なんでいつも、自分を大切にしてくれない男の方にばかり行くの?」

その後、何度か電話が掛かってくることがあって、また会おうと約束した――けれど、なぜか乗り気になれずに、朝になってドタキャンしてしまった日。
手持ち無沙汰で、谷中に住むオーストリア人の友達、エドガーに会いに行ったお昼過ぎ。

画家であり、映像作家でもある彼の住むおんぼろアパートは、紫の襖(ふすま)で仕切られた古い畳の部屋だった。窓からは柿の木が、そして近くのお寺の墓石もよく見えた。日本人だったら、幽霊が怖くて住みたがらないかもしれない。私は大震災や戦火を免れて残った、狭い路地やお寺や木造の家など、懐かしい東京の姿が好きだった。

近所を散歩しながら、写生をする彼の隣で私は詩を書いていた。傾きだした太陽に気がついたエドガーがいう。
「あれ? そろそろ行った方がいいんじゃない? 今日は初デートでしょ。えっと、名前なんだっけ? ショーグン?」
「省吾ね」と私。笑いながら。
「ドタキャンした」
「なんで?」
「自分でもよく分からない」。正直な気持ちだった。
「気負いすぎてるのかな」

エドガーは眉をぎゅっと寄せて首を降りながら言った。「余計なことにこだわってるだけでしょ。よくあることだけど。もう1回電話しなよ。僕も彼女と今夜デートなんだ。夕ご飯僕が作るから、4人で会おう。ほら!」
「そんなことしたら、彼のプライドが傷つくよ」
「いいから」
「もう遅いって。私、決めちゃったんだから」。振り切るように言う。

振り返った彼は私の顔をのぞき込みながら、グサリとくる言葉を投げつけた。
「こんなこと言いたくないんだけどさ。でも友達だからあえて言うよ? なんでいつも、自分を大切にしてくれない男の方にばかり行くの?」
「……そんなことないよ」
「あるって」
「ないってば!」。まるで兄妹の口げんかみたいだ。
「いや、僕の言う通りだね。かたくなになってるのが一番の証拠だよ。じゃなかったらそんなに否定もしないって。省吾は良い奴でしょ?」
「うん……」
「じゃあ、チャンスをあげなよ」

本当の感情は、頭でなく腹で感じるものだ――

彼の言ってることは正しいって分かってる。別に失うものがあるわけでもないし、エドガーのアパートに戻って、電話をかけることにした。
私の心配は気苦労に終わり、省吾は来てくれると言う。エドガーが料理をして、ワインを飲みながら、みんなでいろんな話をした。エドガーの意中の人、セクシーで聡明(そうめい)なシオリと省吾は、同じフランス哲学専攻だった。2人は話が合うのはもちろん、お似合いにも見えた。

台所でお皿を洗いながら、「あの2人、すっごくお似合いじゃない? 付き合っても良いくらい」とエドガーにささやくと、「いや、渡せないな! あんな完璧な女性初めて会ったんだから」と言い返す。笑いながら、お皿を洗って、またワインを飲みながらザッハトルテを食べた。

最終電車の時間を逃さないよう、エドガーに追い出された私と省吾は、駅までの道を歩いた。この辺りの風景が子どもの頃はどうだったか、彼は話してくれた。空き地や、野良犬、白い着物に身を包み道端に座り込む傷痍(しょうい)軍人。80年代、ロックフェラーセンターから、何億もするモネやゴッホなど、世界中のあらゆるものを日本人が買い占めたバブル期が訪れると、全ては変わってしまった。静かで、人と人のつながりがあった街はなくなってしまった。

夜のしじまを縫って三味線の音が聞こえる。どこか遠くで誰かがつま弾いている。私たちは立ち止まって耳を澄ませた。三味線の音を聴きながら、心臓の音を落ち着かせようと、おなかでゆっくり呼吸する。本当の感情は、頭でなく腹で感じるものだ--と瞑想を教えてくれたセラーノ先生が昔言っていたことを思い出す。私のおなかは今、うれしいと言ってる。
省吾の手をとってみる。
柔らかく、しっかりと、省吾は握り返してくれた。

リザのヨガ・ティップス:支え合う木のポーズ~ヴルクシャーサナ~

「木のポーズ」は、バランス感覚と集中力を高め、思考を明確にすると共に自信を深めてくれます。
1人でバランスを取るのも難しいですが、2人で行う「支え合う木のポーズ」にはまた違った難しさ、奥深さがあります。

片方が揺らぐと、相手もバランスを崩し転ぶこともありますが、逆に相手が支えることでバランスを取り戻すこともできます。
互いに寄りかかることが、同時に支え合うことにもなり、安心感をともに得ることができます。
支えられていることを感じながら、曲げた膝をもう少しだけ外側に向けて、骨盤を開くことにも挑戦してみましょう。


PROFILE

リザ・ロウィッツ

写真

2003年設立、東京・五反田にあるヨガスタジオ「Sun & Moon Yoga(サンアンドムーンヨガ)」主宰。
カリフォルニア大学バークレー校を卒業後、サンフランシスコ州立大学にて文芸創作の修士過程を修了。来日し東京大学や立教大学においてアメリカ文学の講師として教鞭を執る。
現在は執筆活動の傍ら、子供に大人、ガチガチに体の硬いビジネスパーソンからアカデミー賞受賞俳優まで幅広い層の生徒へ向けてヨガ、マインドフルネス、瞑想を25年以上に渡って伝えている。
20冊以上の著作の中には受賞作品も多数。現在も定期的にヨガのクラスやワークショップを国内外で開催し、独自のヨガの世界を発信している。
Sun & Moon Yoga
http://lezalowitz.com/

吉澤朋

写真

ライター・翻訳者、東京都の国際広報支援専門員でもある。子宮筋腫を患ったことをきっかけに自身の身体・健康と向き合うようになり、リストラティブヨガと出会う。
自身も国際結婚の体験者であり、「女性になること」を探索中。

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リザ・ロウィッツ

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2003年設立、東京・五反田にあるヨガスタジオ「Sun & Moon Yoga(サンアンドムーンヨガ)」主宰。
カリフォルニア大学バークレー校を卒業後、サンフランシスコ州立大学にて文芸創作の修士過程を修了。来日し東京大学や立教大学においてアメリカ文学の講師として教鞭を執る。
現在は執筆活動の傍ら、子供に大人、ガチガチに体の硬いビジネスパーソンからアカデミー賞受賞俳優まで幅広い層の生徒へ向けてヨガ、マインドフルネス、瞑想を25年以上に渡って伝えている。
20冊以上の著作の中には受賞作品も多数。現在も定期的にヨガのクラスやワークショップを国内外で開催し、独自のヨガの世界を発信している。
Sun & Moon Yoga

吉澤朋

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ライター・翻訳者、東京都の国際広報支援専門員でもある。子宮筋腫を患ったことをきっかけに自身の身体・健康と向き合うようになり、リストラティブヨガと出会う。
自身も国際結婚の体験者であり、「女性になること」を探索中。

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