てまひま

「1人で黙々とコーヒーと向き合っても結果は出ない」世界2位のバリスタ・鈴木樹さん

  • 文・西島恵/写真・三木匡宏
  • 2018年12月7日

  

デジタルの進化が進み、世の中がどんどん便利になっている昨今。めんどうなことはすべてロボットが私たちの代わりにやってくれるという時代もくるのでしょうか。もちろん、歓迎すべき未来ではありますが、一度、足を止めて考えたいこともあります。

この時代にあって“てまひま”かけて毎日を過ごしている人がいます。便利の波に乗らない彼らの価値観のなかには、私たちが忘れがちなこと、見落としがちなことが少なくありません。そんな“我が道を貫く”専門家の元を訪れ、生きるためのヒントを得る企画。今回は、丸山珈琲のバリスタ・鈴木樹(みき)さんです。

「バリスタとして生き残るために」。世界大会への挑戦

ラテアートが楽しい

コーヒーの世界に憧れを抱き、10年前にバリスタとして丸山珈琲に入社した鈴木樹さん。現在は表参道店に勤務しながら、国内外のイベントに出演したり、後進の育成に当たったりと、幅広く活躍しています。

おいしいコーヒーを淹(い)れるコツについて聞いてみると、「ドリッパーやコーヒーメーカーなど抽出に使う器具が清潔だとそれだけでおいしく淹れられます。あと、豆は淹れる直前に挽(ひ)いて鮮度がいいものを使うこと。豆は湿気や熱に弱いので、冷凍庫で保存するだけでも味わいがよくなりますよ」とのこと。

鈴木さんが勤務する「丸山珈琲表参道 Single Origin Store」

鈴木さんは昨年、自身3度目となる「ワールド バリスタ チャンピオンシップ」に挑み、世界第2位の快挙を成し遂げました。初めて挑んだ2011年の大会では5位、2度目の大会では4位ときて、見事、自己最高記録を達成。

この大会は15分で3杯のエスプレッソドリンクを作って審査員に振る舞い、技術やプレゼンテーション力などを競う、バリスタ界のオリンピックとも言える大きな大会です。参加者は、国内大会で優勝した実力者だけ。

でも、丸山珈琲に入社するまで、鈴木さんはアルバイトでしかバリスタを経験したことがなく、「本当にへっぽこ新人」だったと言います。

「バリスタなら誰もが通る道かと思いますが、先輩バリスタと比べると、ドリンクの味わいやカプチーノの絵柄のできに大きな差があって……。先輩方はみなさん雲の上の存在のような人ばかりで、同じドリンクを同じ金額で提供していても、そのクオリティーに違いを感じていました」

でもそこからが違います。鈴木さんは「ここで生き残るには大会でファイナリストになるくらいの力をつけなきゃいけないんじゃないか……」と、挑戦を始めるのです。

1階はテイクアウトのほか、豆や器具の販売スペースも

まずは腕試しにと「ジャパン ラテアート チャンピオンシップ」に挑んだところ、いきなり6位に。「ラッキーだっただけです」とはご本人。その勢いにのって「ジャパン バリスタ チャンピオンシップ」に挑戦したものの、こちらは9位と、入賞は逃がす結果に。

しかし、「あのキラキラした舞台に立ちたい!」と一念発起。知識、技術、味覚のセンスを磨くべく、とにかく練習に打ち込んだ結果、翌年の「ジャパン バリスタ チャンピオンシップ」で優勝し、「ワールド バリスタ チャンピオンシップ」出場を手にしたのです。

「まさか優勝すると思っていなかったので、『そうだ、優勝したら世界大会に出なくちゃいけないんだ』と焦りまして(笑)。優勝のアナウンスを聞いた2時間後には、『やらなきゃ!』と肚(はら)を決めました」

2階はカフェスペース。外国人客も多い

一番大変だったのは“チーム作り”

バリスタとして自信がなかった鈴木さんが、早々に手にした世界への切符。

大会に挑戦するにあたって一番大変なことは、意外にも“勝つためのチーム作り”でした。

「おいしいコーヒーを淹れるのはとにかく練習すればいいことですから、そんなに苦ではないんです。ただ、自分一人の力でできることには限界があって、優勝を目指すには周りの人に協力を仰ぐ必要がある。練習時間をとるためにシフトを調整してもらったり、豆の焙煎や予算取りをお願いしたり……」

周りの人の大切な時間やエネルギーを自分に使ってもらっているので、申し訳ないという気持ちはありましたが、「大会で結果を残したいから協力してほしい」と正直に話し、その人ができる最大限のサポートをしてもらえるようお願いしたそうです。

「ただ、『じゃあ、2時間だけ練習に付き合うよ』と言ってもらっても、その時間では収まらないことの方が多くって。それでも、みなさん厚意で付き合ってくれました。夢を叶えるには、わがままにならないといけないときもある。それでも許してもらえる信頼関係を作るために、密にコミュニケーションをとるよう注力しました」

“鈴木に優勝してもらいたい”と心から思ってくれる人を増やすことが、大会に至るまでの鈴木さんの命題だったのです。

エスプレッソは濃厚な分、一つ一つの作業の精度が味を左右する

一回きりならまだしも、大会のたびにこうした努力を重ねるのは大変なこと。しかも自分一人ではなく、周りの人たちの思いも背負って立った、世界大会の舞台。

「やっぱりすごく怖かったですね。結果が出なければ、全部がむだになってしまうんじゃないかって……。でも、丸山珈琲には世界大会に出場された先輩もいて、『自分がやりたいことをやるべきだし、何より楽しんでね』と心の面でも支えてくれた。ですから、大きすぎるプレッシャーの中でも過度にナーバスにならず、楽しむ余裕を持つことができました」

昨年の2位という結果には、なんの後悔もないと鈴木さんはきっぱり。

「今の自分の最大限の力を発揮して、それで優勝に手が届かないなら、それはそれでいい。終わったあと、十分やりきった!とすがすがしい気持ちでいっぱいでした」

と、笑顔で話します。

「世界大会を経験して、大げさではなく、人生が変わったんですよ。へっぽこだった私がこんなに長くバリスタを続けられると思っていなかったし、大会に出なければ出会えなかった人もたくさんいた。今はこの豊かな気持ちを、若いバリスタにも経験してもらいたいなと思っています」

お店に立っていると楽しすぎて「気づけば一日が終わっている」と鈴木さん

現在もバリスタとして日々、おいしいコーヒーを探求し続けながら、大会を目指す後輩のサポートにも力を注ぐ鈴木さん。これまで周りの人にかけてもらった“気持ち”を、次の世代へ……。そんな毎日を過ごしているのです。

鈴木樹(すずき・みき)
丸山珈琲に勤務するバリスタ。2017年に開催された「ワールド バリスタ チャンピオンシップ」で世界第2位に輝く。「ジャパン バリスタ チャンピオンシップ」では史上初の3度の優勝を記録。現在は表参道店でバリスタとして腕をふるうほか、後進の育成にもあたっている。

■丸山珈琲 表参道 Single Origin Store
東京都港区南青山3-14-28
Tel:03-6447-5238


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