ほんやのほん

泣くとこいっこもないのに。高2男子の四季と意識 『しき』

  • 文・北田博充
  • 2018年12月3日

撮影/馬場磨貴

  • 『しき』 町屋良平 著 河出書房新社 1512円(税込み)

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「私のことは私自身が一番よく知っている」なんて言う人がたまにいるが、私は私のことがいまだにわからない。私の感じていること、私の考えていることがわからないどころか、私の口にした言葉で自分自身が驚かされることすらある。「自分って、こんなことを考えていたんだな……」と自らの言葉に気付かされ、はっとする。思春期の頃はそんなことが頻繁にあった。無意識と意識とのつながりが生む不安を含んだ心地良さみたいなものを、日々新鮮に感じていたように思う。

町屋良平さんの『しき』(河出書房新社)は、高校2年生の男子2人組が、ネットの「踊ってみた」動画に触発されてダンスに取り組む春夏秋冬(四季/しき)を描いている。大きな出来事が起こるわけでもなければ、特別文章がうまいというわけでもないのだけれど、随所に琴線に触れるところがあり、読みながら終始涙ぐんでいた。

「自分の気持ちに気付く前の気持ち」

本作では、登場人物の「自分の気持ちに気付く前の気持ち」が丁寧に描かれている。境界線のあいまいな四季が移ろうように、高校生たちの意識と無意識とが自然に移ろい、「気持ち以前の気持ち」が具体的な言葉になって読者の目の前にあらわれる。『しき』は、四季(しき)について描かれた作品であると同時に、意識(いしき)について描かれた作品でもあるのだろう。

私は私の思っていることしか思うことができない。私と他人とは同じ人間ではないからだ。言い換えれば、私が思っているのと同じように、相手が思ってくれるとは限らないし、相手が思っているのと同じように、自分が思っているとも限らない。だから、「私もそう思ってた!」なんて気軽に言われると腹が立つ。「だって、あなたは私ではないでしょう?」と言いたくなる。
他人と「わかり合いたい」と思ってはいるけれど、「わかり合う」なんてことが不可能なこともわかっている。そして、本作を読んで、わかり合えないことがこんなにも美しいことなのだとはじめて気がついた。いや、無意識的にわかっていたことが、ようやく意識できたのだと思う。

最後の場面、高校生2人の「踊ってみた」動画を同級生の女子である樋口凜が妹と一緒に見る場面が印象的だった。「レベル低すぎ」「見るに堪えない」「ヘタクソ」というような罵詈雑言(ばりぞうごん)が動画上に流れる中、一つだけこんなコメントがあった。「ぜんぜんうまくないし、泣くとこいっこもないのになんか泣いてしまう」

この一文を読み、泣くところなんて一つもないのにまた涙ぐんでしまった。「あれ? ひょっとして自分は感動しているのか……」なんて感じながら、この気持ちを誰かに伝えたいと思いはしたものの、やはり私が感じたことを他人に感じてもらうことなんてできないのだとあらためて気がついた。でも、だからこそ人生は楽しいのだと思う。

PROFILE

北田博充(きただ・ひろみつ)

きただひろみつ

二子玉川 蔦屋家電のBOOKコンシェルジュ。出版取次会社に入社後、本・雑貨・カフェの複合書店を立ち上げ店長を務める。ひとり出版社「書肆汽水域」を立ち上げ、書店員として自ら売りたい本を、自らの手でつくっている。著書に『これからの本屋』(書肆汽水域)、共編著書に『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)がある。

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北田博充(きただ・ひろみつ)

きただひろみつ

二子玉川 蔦屋家電のBOOKコンシェルジュ。出版取次会社に入社後、本・雑貨・カフェの複合書店を立ち上げ店長を務める。ひとり出版社「書肆汽水域」を立ち上げ、書店員として自ら売りたい本を、自らの手でつくっている。著書に『これからの本屋』(書肆汽水域)、共編著書に『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)がある。

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