鎌倉から、ものがたり。

十文字美信さん自ら焙煎。『時間』を味わう「CAFE Bee」

  • 文 清野由美 写真 猪俣博史
  • 2018年11月30日

 鶴岡八幡宮のおひざ元である雪ノ下は、まさしく古都・鎌倉の中心部。観光客でごった返す小町通りは、すでに土地のアイデンティティーを失ってしまっているが、一歩路地に入ると、時を経た豪奢(ごうしゃ)な邸宅が次々と姿を現し、鎌倉に根付く文化のすごみを伝えてくる。

「CAFE Bee(カフェ・ビー)」は、そんな雪ノ下の邸宅文化を色濃く残す界隈(かいわい)にある。200坪の敷地には、野性味を残した日本庭園と、大正時代の母屋。その玄関先に建てられた、れんが張りの建物がカフェのスペースになっていて、左手にはギャラリーが設けられている。

 カフェの主(あるじ)は写真家の十文字美信さん(71)。1970年代に首から下を写した人物ポートレートで鮮烈なデビューを果たし、商業文化が花開いた80年代には広告写真で時代の寵児(ちょうじ)に。一方で、インドシナ半島に住むヤオ族や、日本の黄金美術、わびの世界など、独自の切り口で「十文字ワールド」ともいえる表現を切り拓いてきた人である。

 その十文字さんが、なぜカフェを?

「この家は家内の実家で、50年ほど前から家族で暮らしてきた場所です。9年前に作品展示用のギャラリーを作ろうということになり、だったら、来ていただいた人が休める場もあった方がいいよね、ということでカフェを開くことにしました。といっても、僕は経営のことは、まったく考えていなくて、建物は家内や娘がデザインを担当。意外と人まかせなんです」

 と、笑う十文字さんだが、そこには人まかせにできないこだわりがあった。コーヒーである。

「カフェは人がくつろぐところですので、そこに自分の写真を飾るのは違う。主役は何かといえば、おいしいコーヒーです。では、おいしいコーヒーとは何ぞや? その疑問から追求が始まったのです」

 作品世界からもうかがえるように、興味を持ったら、のめりこむ性質。東京中の名高いコーヒー店を飲み歩き、青山にあった名店「大坊珈琲店」のコーヒーに目を開かれてからは、主人の大坊勝次さんが焙煎(ばいせん)する機会をとらえては見学に通い、自分でも繰り返し手順を再現。自ら図面を引いて焙煎機も作った。

「ほっとする時間にふさわしい飲み物は、過激であってはいけない。最初に香りがたって、口あたり、のどごしがよく、飲み終わった後は、すっきりと豊かな余韻が残る。ひとつずつのプロセスで理想的なあり方を考えて、全体をドラマのように見立てていこうと思いました」

 焙煎は奥が深い。コーヒーの生豆は30%ほどが水分であり、その水分をいかに蒸発させて、豆をいかに香ばしく焼いていくか、が課題となる。火が強いと口あたりが悪くなり、弱いと味が渋くなる。演出家のように理想を求め、試行錯誤する中で、得心がいったことがある。

「焙煎とは『時間』と『火』の相関関係のことだ、ということ。一方で、写真は『時間』と『光』との関係性のことなんです。その意味で、焙煎は写真と似ています」

 開店以来、毎朝、その日のコーヒーを焙煎することが日課。朝、お客さんを迎える前に、店で数杯を試飲して、味わいを確かめる。手焙煎なので、同じ味は二度となく、決まった手順の中に、季節と時間のうつろいが映し出される。

「店でコーヒーをお出しして、飲んでくれた方が『おいしい』といってくれる。相手は見知らぬ方ですから、それは本当のこと。そのひと言が、僕にはすごくうれしいのです」

(→後編に続きます。) 

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PROFILE

清野由美(きよの・ゆみ)

清野由美

ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

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清野由美(きよの・ゆみ)

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ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

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