東京ではたらく

器作家:田中優佳子さん(43歳)

  • 文 小林百合子 写真 野川かさね
  • 2018年12月6日

  

職業:陶芸家
勤務地:全国
仕事歴:1年目
勤務時間:不規則
休日:不規則

この仕事の面白いところ:焼き上がりを見たとき、想像以上のものができあがっている驚きと喜びがあること
この仕事の大変なところ:まだ駆け出しの作家なので、先が見えないところ。それが面白かったりもするのですが(笑)

    ◇

陶芸作品を作って個展を開いたり、販売したりしています。作家として本格的に活動を始めてまだ1年足らずなので、「陶芸家」と名乗るのは少しおこがましい気もするのですが、駆け出しながら懸命に作品作りをしています。

陶芸を習い始めたのは12年ほど前でした。家の近所に教室があったので、趣味のひとつとしてなんとなく通い始めたのがきっかけです。当時は東京のアパレルブランドで忙しく働いていて、休日に無心にろくろを回すのはいい気分転換になりました。

出身は京都の嵐山です。母がパタンナーをしていて、物心つく前から服作りに興味を持っていました。母は自宅で仕事をしていたのでその姿をよく見ていましたし、余った端切れでバービー人形の服を作ったりしていたのを覚えています。

家にはファッションのコレクション雑誌などもたくさんあって、将来の進路として服飾関係を選んだのは自然の流れだったと思います。

高校卒業後は京都の服飾系短大へ進学。母と同じパタンナーの道を志しました。ところが実際に学んでみると、パタンナーの仕事は思いのほか職人気質なもので。

自宅には自作の器が並ぶ。「料理が好きで、最初は料理に合わせて器を作っていました。今はその逆もあります」

自分の性格上、外に出てコミュニケーションをとる仕事の方が向いているなと思い、卒業後は販売員としてアパレルブランドに就職。その後、バイヤーとして働くようになりました。

バイヤーの仕事はとても楽しくて、国内はもとより、パリやミラノ、ニューヨークなど海外に買い付けに行ったりと、充実した社会人生活を送っていました。

その後、何社か会社を移り、ファッション業界で経験を積みました。29歳の頃には、ファッション業界でさらにキャリアを積もうと別のブランドに移り、店舗管理なども任せてもらえるように。

バイヤーとは全く違った職種ではありますが、どう売り上げを伸ばすかなど、店舗スタッフと一緒に戦略を考えたりする仕事は、自分の努力や工夫が数字という結果で見られるという点でとてもやりがいがありました。

そんな感じで、34歳まではファッション業界でさまざまなブランドや仕事を経験させていただきました。でも業界で15年近く経験を積んだ頃、自分の中にファッションに対するひとつの疑問が生まれていることに気がつきました。それは、シーズンごとにものすごいスピードで消費されていくファッションの在り方について。

自宅の作業部屋で、ほぼ毎日土をこねる。「かなりの力仕事なので腰にきます(笑)」

もちろん私も服が大好きでしたから、新しい服を着たいし買いたいです。でも、好きな服を長く愛着を持って着るというのが、本来自分が好きな姿勢でした。さらに、素材の調達の仕方や服の生産に関わる人々の労働環境を考慮し、自然や人に優しい服作りをしよう、少々値が張っても、そうやって適正に作られたファッションを支持しようという「エシカル・ファッション」のムーブメントも海外ではどんどん大きくなりつつあった頃でした。

自分も一歩前へ進めないだろうか。そう思ったとき、なんとなく見ていた転職サイトで、北欧のアウトドアウェアブランドのPRの求人を見つけたんです。

日本ではこれから新たに始まるブランドということでとてもワクワクしましたし、アウトドアウェアというのはファッションでありつつも、機能性も重視される実用的な服。デザインだけで毎年買い替えるようなものではありませんから、長く人生の相棒になってくれる存在だと思いました。

正直スポーツはあまりしてこなかったのですが、かろうじて子供の頃からスキーだけはやっていたことも応募する後押しになりました。

入社してしばらくすると、「山ガール」ブームが到来。アウトドアブランドに大きな注目が集まった時期で、デザインもカッティングも、それまで国内ブランドにはなかった印象のウェアをPRしていくのはすごく手応えがありましたし、充実していました。

自宅は神奈川県の海沿いの街。「会社員時代の前半は世田谷に住んでいましたが、こっちは時間の流れが全然違いますね。早寝早起きが自然にできるようになりました」

仕事柄、登山やスキー、スノーボードが好きな人たちが周囲に多く、それまでのファッション業界では知り合えなかった人たちと出会えたことも大きな財産になりました。入社してしばらくすると雪が降るのがだんだん楽しみになり、冬になると暇を見つけては雪山に通うようになっていました。

大きな転機となったのは42歳の頃。事情があって、立ち上げから携わってきたブランドから他ブランドに移らざるを得なくなってしまったんです。我が子のように大切に育ててきたブランドですから、それはもうショックでした。

会社に残って別の部署で仕事をすることもできましたが、よくよく考えた末にいったん退社して身の振り方を考えることにしました。思えば入社して8年近く、毎日終電近くまで仕事をし、無我夢中で走ってきました。気づけば体も相当疲れていて、ここは一度休んでまた新しい目標を見つければいいし、趣味でやっていた陶芸を少し本格的にやるいいチャンスかもしれないと、比較的前向きに退職を決めました。

そんなとき、大きな転機が訪れます。有給休暇中に滑り込みで受けた健康診断で、右胸に乳がんが見つかったのです。

[PR]

この記事を気に入ったら
「いいね!」しよう

PROFILE

小林百合子(こばやし・ゆりこ)編集者

写真

1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

野川かさね(のがわ・かさね) 写真家

写真

1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。
http://kasanenogawa.net/

今、あなたにオススメ

Pickup!

Columns