はじまりの場所

伝わる喜びを一人ひとりに。英語村の裏方という仕事場

  • 文・高橋有紀 写真・山本倫子
  • 2018年12月30日

  

 本物さながらの機内に、客室乗務員役のイングリッシュ・スピーカー。座席に座る児童・生徒たちが、与えられた「ミッション」達成のためにたどたどしく英語で話しかける。

 臨海エリアにオープンした英語村、TOKYO GLOBAL GATEWAY(TGG) 。海外にいるかのようなリアルな空間で、実践的なコミュニケーションを学ぶ体験型英語学習施設として、東京都が旗振り役となって設立した。学研や博報堂ほか5社コンソーシアムによりプロジェクトが運営されている。9月にオープンしたばかりだが、学校単位での研修利用のほか、週末の一般枠にも、連日大勢が訪れる。

  

 参加者が手にするミッションカードの内容は、英語レベル別に異なる。初級であれば雑誌やブランケットの入手、と簡単だが、上級になると、遅延で乗り継ぎ便に間に合わないことに対する対処の問い合わせ、のようにレベルが上がる。必ずしも正解はなく、課題を解決するために児童・生徒たちは工夫して交渉する必要が生じる。ミッションを終えて、「トラベル」「ホテル」「エアポート」などテーマ別の各ゾーンを出てくる彼らの笑顔は、「自分の英語が伝わった喜び」を表しているに違いない。

  

 この施設の教務担当が福江友樹さんだ。多岐にわたるプログラムの全体の設計から、ミッションカードの内容といった詳細まで、この施設での学びのカリキュラムは2年がかりで一から福江さん率いるチームで作り上げたものだ。

 「いちばんの肝は、いかに発話を促すか、です。日本人はスピーキングができない、と言われがちですが、本当はもっとしゃべれるはずなんです。うまく引き出さずに、教育する側が話す機会を奪ってしまっている。その機会を、本人たちに戻せたらと思っています」と福江さんはいう。

スタッフと打ち合わせ中の福江友樹さん(右)

 参加者には、8人に1人、エージェントと呼ばれるスタッフが付き添う。さらに、各プログラムにはスペシャリストと呼ばれる「英語で特定の分野を教える」専門家がいる。コミュニケーションのプロたちが、少人数制で付き添い手厚くサポートしてくれるわけだが、先回りして親切にあれこれ喋ってしまっては、子どもたちは何も喋らなくても済んでしまう。

 発話を促すには、“沈黙の違和感”をうまく使わなければいけない。

 だがこれをスタッフにわかってもらうのがひと苦労。研修では、自分が喋らず相手に喋らせてほしい、「Be patient.(我慢して)」と言い続けた、と福江さんはいう。

「I want orange juice.の一言でもいいから、言えた、という喜びを全員に味わってもらいたいんです」

 前職では、大手語学サービス企業に15年勤め、企業向けの語学研修などを担当してきた。42歳にしてTGGへの転職を決めたのは、公共性のある仕事や公教育に携わりたいという思いがあったからだ。

  

 突然福江さんの口からこんな言葉がすらすらと出てきた。

“I have been raised to think that the purpose of life is to make one's maximum contribution to society, however humble that may be.”

「実家のトイレに貼ってあった言葉なんです(笑)。人生の目的は、どれだけつつましやかでも、社会に最大限に貢献することだ、というような意味です」

 これはエドウィン・ライシャワー元駐日アメリカ大使の言葉で、牧師である福江さんのお父さんは、いつもこうして書き留めた言葉をトイレの壁に貼っていたのだという。そのお父さんが神学の勉強をするために家族で渡ったボストンで、幼少時代を過ごして以来、英語との縁が続いている。

「給料のためとか、私利私欲のためではない、そういう働き方への思いが、根底にずっとあったのだと思います」

 それが叶えられる仕事場が、TGGだった。

  

 昨今、英語教育は学校や環境によって大きな格差が生じている。ネイティブの教師がいて、最先端のツールがそろい、先進的な取り組みができている学校もあれば、そうでない学校もある。

「通じたという成功体験、通じなかった挫折体験、どちらもその後の学習の原動力になります。TGGはその機会を、平等に安価で体験してもらえる施設でありたい。今後もアップデートしていくつもりです」


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PROFILE

高橋有紀(たかはし・ゆき)ライター

2004年に国際基督教大学卒業後、英語学習情報誌「AERA English」の校閲、編集に携わる。 週刊誌「AERA」、ダイヤモンド・オンラインほかでビジネス、教育、カルチャー、トレンドなどの分野を中心に取材、執筆。

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