川島蓉子のひとむすび

<58>料理本を、ライフスタイルの真ん中に。若山嘉代子さん

  • 文・川島蓉子 写真・鈴木愛子
  • 2019年1月4日

若山嘉代子さんの装いはいつもシックで、お会いするのが楽しみです

書店に行くと必ず立ち寄るのが、料理やファッションなどを扱っているライフスタイル本のコーナー。あれこれ眺めながら、買うと決める物差しのひとつは装丁デザインですが、わが家の本棚に並んでいる本は、気がつくと若山嘉代子さんが手がけたものが多いのです。

若山さんのお仕事は、編集系=エディトリアルのグラフィックデザイナー。1980年に「レスパース」という事務所を立ち上げ、料理や生活雑貨、手作りものなど、暮らしにまつわる本の装丁デザインを行ってきました。有元葉子さん、平松洋子さん、伊藤まさこさん、原由美子さん、堀井和子さんなど、そうそうたる人と本づくりしてきたのです。

私がご縁を得たのは、もう20年近く前のこと。ひょんなことからニューヨーク在住のファッションデザイナーの料理本『リンダ・アラードのシンプルスタイル』を作ることになり、編集者の紹介でお会いしたのです。本の装丁デザインがどのように行われているのか、それまでまったく知らなかったので、ニューヨークでの撮影や、私のつづった文章についての打ち合わせなどの仕事を通じ、若山さんがカメラマンと相談しながら“おいしい顔つき”の写真を撮っていったり、文章のトーンや長さを私と決めてレイアウトに落としていったり、編集に近い部分にかかわっていることに驚きました。
そして何より、できあがった本がチャーミングな顔つきになっていて、あの打ち合わせのとき、若山さんの頭の中にはすでに、このかたちがあったと思ったのです。以来、私自身の本についても装丁デザインを考えるようになり、若山さんとも何度かご一緒しています。

大ヒットしている『レシピを見ないで作れるようになりましょう。』(有元葉子 著 SBクリエイティブ)

その若山さんが、最近手がけた本のひとつは『レシピを見ないで作れるようになりましょう。』。料理家の有元葉子さんが「レシピを見ないで作る、シンプルな料理の基本」を提案した書籍で大ヒットしています。

「著者である有元さんと編集者に“やりたいこと”を聞いていくと、この本は写真とレシピが連動している必要は特にないので、大事な言葉を標語のように扱うページを立てて、本文に一工夫施し、お料理の写真はまとめてどんと見せるデザインがいいと思ったのです」と若山さん。

『レシピを見ないで作れるようになりましょう。』最初の章の扉ページ(画像提供:SBクリエイティブ)

最初の章は「野菜を炒める・野菜と炒める」と題されていて、扉となるページは見開きで、みずみずしいチンゲンサイとナス、フライパンに入っている卵の大胆な写真が現れます。次はページの中央に「料理をする前に野菜に水をたっぷり吸わせて、土にはえていたときの状態に戻してあげます」と、まさに“標語”のように記されているだけ。続く本文で、それがなぜなのか、具体的にどんな料理をどのように作るかがつづられているのです。

カバーデザインも目に飛び込んでくるようです

「編集者の方がミーティングの時に持っていた料理本に、付箋(ふせん)を付けたりアンダーラインを引いているのを見て、それをヒントにデザインしました」と若山さん。確かに本文の大事なところにアンダーラインが引かれ、余白になっている上部には、小さなQ&Aや料理名が抜き出してあって、読み手にとっての付箋的な役割がデザインされています。

実際に読んでみると、“標語”的なフレーズが頭に入って、本文を読みながら「ふむふむ」とうなずく。後から「あの料理を作ろう」と思ったら、上部に入っている脚注をたどればいい――読む過程に役立つ感があるし、それがごく自然に行えるデザインになっていて、ヒットしている理由がわかる気がしました。

「私の仕事はアンカーみたいなもので、あくまで黒衣(くろこ)なんです」と若山さん。チームがやりたいことを把握した上で、整理して“かたち”として見せながら進めていくのが若山さんのやり方。その本が意図するところ、提案したいストーリーをデザインしていくのです。

初期の仕事である『堀井和子の気ままなパンの本』(堀井和子 著 白馬出版)

それは、最初に料理本を手がけた時から一貫したことでもありました。今でこそ、料理や手作りに関するおしゃれな本はたくさんありますが、若山さんがデザインを始めた1980年代半ばは、書店の奥の方にある実用書コーナーに並んでいる地味な存在でした。写真やレイアウトも、強い照明をあてて斜め上から撮った写真に、料理の手順が付されている――徹底した実用的なデザインが求められた時代だったのです。

若山さんは、そういった本の作り方に違和感を覚えていました。80年代初頭に半年いたニューヨークでは、料理本がファッションやインテリアと同様、「ライフスタイルとして扱われている」と感じ、“暮らしの中の料理”を切り取るデザインのもの――たとえば自然光のもとで、料理を真上から撮った写真を使い、作り方だけでなく、暮らしにまつわるエッセイなどを盛り込んだ本はできないのかと考えたのです。

30年前の本とは思えません

そして当時、思いをかたちにした本を見せていただきました。スタイリストだった堀井和子さんと作った『堀井和子の気ままなパンの本』です。スケッチブックのようにリングでとじた造りで、薄いピンクの箱が付いています。前半は、暮らしにまつわるエッセーがつづられています。後半は、見開きでパンの作り方を紹介しているのですが、材料とシンプルなレシピ文、パンのある風景の写真、スケッチ画のようにつづられたパン名が配されていて、「こんな風にパンを作って食べる暮らしはいいな」という気持ちになります。30年前の本なのにちっとも古びて見えないのは、時代に先駆けていた証しと思いました。

当時の雰囲気そのままが伝わってくるような『フジコ・ヘミング 14歳の夏休み絵日記』(フジコ・ヘミング著 暮しの手帖社 刊/画像提供)

また、昨年6月に出た『フジコ・ヘミング14歳の夏休み絵日記』は、味わい深い絵をそのまま生かし、文章は、元本の古い書体にルビをふっています。紙は微妙に黄味がかったしっとりした手触りのもの――フジコ・ヘミングさんの持っているロマンティックな少女性とともに、古いものをつづった上質なレトロ感が漂ってくるのです。

レトロな感覚の装丁が美しい

「私の作品ではないので、独りよがりになってはいけないのです。著者が伝えたいことを最善の“かたち”に仕立て上げる。それがチームの力で想像以上のものになれば、著者も読者も喜び、結果的に売れるものになるのでは」と若山さん。10年経っても古びないデザインを目指してきたという言葉通り、ロングセラーが多いのは、目先の売れ行きにこだわらず、著者の思いをもとに、チームの意図をまとめてデザインしているからと感じました。

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PROFILE

川島蓉子(かわしま・ようこ)

写真

伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト。
1961年新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科修了。多摩美術大学非常勤講師。日経ビジネスオンラインや読売新聞で連載を持つ。著書に『TSUTAYAの謎』『社長、そのデザインでは売れません!』(日経BP社)、『ビームス戦略』(PHP研究所)、『伊勢丹な人々』(日本経済新聞社)などがある。1年365日、毎朝、午前3時起床で原稿を書く暮らしを20年来続けている。
ifs未来研究所 http://ifs-miraiken.jp

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