上間常正 @モード

ファッションの変化とコムデギャルソンの新たな“新しさ”

  • 上間常正
  • 2019年1月11日

 なにかと騒がしい出来事が年の瀬まで続いた中で、また新しい年が明けました。諸行無常、それが世の常……などと達観できればいいのかもしれませんが、今こそ何かを少しでも変えなければ、後で悔いないように。そんな気がします。今年もどうぞよろしく。

 と、新年のあいさつはここまでにして。国内だけではなく世界中で起きている自然災害(実は“人災”)や大事故、テロや無差別殺人事件、幼稚で利己的なナショナリズムの言動などは、胸の底で感じているのに何となくやり過ごしている時代への不安感をチクチクと刺激する。

 ではどうすればよいのか? 去年だって嫌なことばかりが起きたわけではない。このコラムでも書いた、スーパーボランティア尾畠春夫さんの地道な活躍や85歳の誕生日を迎えた天皇陛下の重い言葉と涙。先進国でも途上国でもいまだにはびこっているセクハラへの勇気ある告発と、触発されて立ち上がった人たちによる抗議行動の広がり。

 大きなニュースにはならないが注意して目をこらし耳を澄ませば、行き詰まった今の時代を切り開くような言葉や動きが世界中で起きていることに気づくかもしれない。そして、外で起きていることだけではなくて、自分の心の内でも同じようなことが知らぬ間に起きているかもしれないのだ。なぜなら心や自分というのは、外の世界とは独立してあらかじめあるのではなくて、外の世界と関わることで初めて分かるからだ。

 ファッションの世界でも、そうした新しい動きが色んな形で起き始めている。

クリスチャン・ディオールのクリエーティブ・ディレクター、マリア・グラツィア・キウリ。1964年、イタリア生まれ=大原広和氏撮影

 クリスチャン・ディオールでは初の女性デザイナー(マリア・グラツィア・キウリ)によるフェミニズムの主張や、ルイ・ヴィトンのメンズでアフリカ系のデザイナー(ヴァージル・アブロー)が就任、ジェンダーレスファッションの広がりなど、性や肌の色などによる差別に正面から反対し、多様性を認めようとする表現が、つい数シーズン前なら考えられなかったほど増えている。

ルイ・ヴィトンのメンズデザイナー、ヴァージル・アブロー

 また高級ブランドに限らず、人や動物、地球環境に優しいとされる素材へのこだわりや、再生素材や古着のリサイクル、新品の服やアクセサリー類のレンタルなどによって大量生産・大量廃棄をなるべく減らそうとする動きも思いのほか急に活発化している。

 このようなファッションの流れは、服の新しい形を生み出すデザイナーの創造力とも深くかかわっているはずだ。その意味では、一見おとなしくなったようなコムデギャルソンの今年春夏の新作が、ファッションの今後の方向を最も強く示唆しているように思えて、衝撃的だった。

 デザイナーの川久保玲は彼女にしては珍しく、新作ショーの前に「抽象的な形を提示してファッションの境界を広げようとするのをやめることにした。この方向はもう新しくないと感じた」というような内容のメッセージを各方面に伝えていた。そして、「自分の内面を深く掘り下げて、そこにあるものを探ることにした」のだという。

コムデギャルソン2019春夏コレクション=大原広和氏撮影

 その新作は、川久保が以前作ったスタイルの反復だったり、何げない基本アイテムだったりのようにも見える。だが、どれも表現された中身は全く違うものだった。たとえば、ドレスのざっくりとした切れ目から見える肌着の新聞活字のプリント柄は彼女があえて抑制していた言葉による表現を、コムデギャルソンのロゴ模様は彼女が守って行くべき企業としてのコムデギャルソンを、両袖から垂れ下がる鎖は彼女が抑制していた女性としての身体性のようなものを暗示しているように思えた。

コムデギャルソン2019春夏コレクション=大原広和氏撮影

 川久保がパリで作品を発表して衝撃を与えたのは、パリを中心とする伝統を重視したファッションよりずっと現代的だったからだ。それ以来、コムデギャルソンは常に新しさを追求する前衛派としてファッション全体を現代化する役割を担ってきた。しかしその現代ファッションそのものが行き詰まり始めた中で、川久保は〝新しさ〟の意味が変わってしまうことを感じ取ったのかもしれない。

 心と体を別なものと考えて心を重視すれば、より自然に近い体は心にしっぺ返しをする。そうしないと体が壊れてしまうからだ。川久保は心の奥にあるものをなるべく抽象的な強い表現にしようとして形にこだわっていた。しかし今回は心の中で感じていることを、思い浮かんだ形でそのまま表現しようとしたのではないか?

 心に偏った現代の産業社会が地球環境=自然に破局的なダメージを与えている今、川久保の今回の変わり身はそのことへの鋭い警鐘なのではないかと思う。服というのは、心のままに楽しんで着るのが本当なのだ。「でも、いろいろと制約もあって、なかなかねー」と思うかもしれないが、制約を強くしているのは多くの場合は自分の思い込みのせいなのだ。


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PROFILE

上間常正(うえま・つねまさ)

写真

1972年、東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。88年からは学芸部(現・文化くらし報道部)でファッションを主に担当し、海外のコレクションなどを取材。07年から文化学園大学・大学院特任教授としてメディア論、表象文化論などを講義。ジャーナリストとしての活動も続けている。

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