ほんやのほん

北極圏の冒険を通して気づく、生きるという神秘『極夜行』

  • 文・羽根志美
  • 2019年2月4日

撮影/猪俣博史

  • 『極夜行』角幡唯介 著 文藝春秋 1890円(税込み)

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2018年11月、角幡唯介(かくはたゆうすけ)さんが『極夜行(きょくやこう)』で「Yahoo!ニュース/本屋大賞ノンフィクション大賞」を受賞された記念に、湘南 蔦屋書店で12月、トークショーを行い、ご本人とご家族にお会いした。この書籍の主役級の、まだ幼い娘さんもクリクリしたお目々で父親のお仕事姿を見守っていた。数日後、娘さんが通う幼稚園でもトークショーを行うと伺い、どんな話で園児や親御さんを魅了するのかなぁと興味が湧いた。

妊娠・出産は究極の自然体験活動

極夜行は1年のうちの数カ月にあたる80日間(2016年12月から17年2月末まで)、全く太陽が昇らない極夜の北極圏を旅することをつづっている。始まりは、奥様が前述の娘さんを出産するシーン。自らの冒険活動は子どもを産みだす妊娠・出産過程とリンクして考えてきたとあり、妊娠・出産こそが究極の自然体験活動だと言う。男性は、女性のようにリアルな生と死を経験できないがゆえ、外側の自然に冒険やロマンを求め、そこに人生の意味を投影しがちだと述べている。娘さんが生まれた瞬間の光に包まれるまぶしさが、読み手の私にも伝わってきて、著者の涙にも影響されて冒頭から泣くことになる。

生命の存在意義を提示

この書籍は、極夜体験と生命の存在意義を提示しながら書いているようにも思う。「それにしても冒険は予期せぬ不運が連続しないと、本当の冒険とは言えないのか? それがあってこそ、醍醐味(だいごみ)なのか?」と、悲痛な思いを抱くくらい大変なことが次から次に著者を襲う。

まず、この旅はGPSというテクノロジーの進化に頼らず、六分儀を使用し、天測して歩みを進める予定だったが、命を左右する六分儀を最初の荒れ狂う嵐で飛ばされて紛失してしまうこと。次に冒険の前年に現地に到着し、行動食、デポを途中地点に保管していたにもかかわらず、ことごとくシロクマに荒らされ、命からがらになること。人間は暗闇の中で極限状態に追い込まれると気がおかしくなるだろうなと思うのに、著者は失意の中で頼るものが何もないからこそ、外界との接触をぐんと増やし「生きること」を感じているようにも思えた。

過酷な状況ではあるが、文中には彩りを与えてくれる存在がいくつもある。まずは「ウヤミリック」という犬。この旅において著者の唯一の仲間で、どこまでも忠誠心がある。著者の大便をムシャムシャと食べるシーンを愛くるしくつづっているところは思わず大笑いしてしまう。そして、旅を誘導する月の存在。規則に縛られず捉えどころのない動きを平気でしたり、著者がその美しさに惹(ひ)かれて橇(そり)を引き始めると、違う角度から昇ってきたり、姿を隠したり。著者はそれを「まるで女性のようだ」と書いている。

著者は人生最大の探検を表現するのに、「極夜行」からついに昇る太陽を見るという行為を選んだ。太陽という死と再生のシンボルを、極夜の中で数カ月ぶりに見ることこそ、現代の脱システムという探検だったからだ。

著者が4カ月ぶりに太陽を見た瞬間、産道を抜け初めて光を浴びる人間(娘さん)の誕生シーンとシンクロさせるところが見事だった。劇的な存在の太陽にただただ圧倒され、感動で言葉にならない事が文章に散りばめられていて、何度もグッときた。

この究極の探検記は、途中、「同じ地球上のことなのだろうか?」と思うほど、想像を超える。しかし著者の細かな描写で、その世界にたっぷり浸らせてくれる。
私の人生においてこのような体験はきっとこの先もないと思うが、究極の探検記であり、「生きること」はとても神秘的なことだと思わせてくれるこの本に、心から感銘を受けた。


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PROFILE

羽根志美(はね・ゆきみ)

写真

湘南蔦屋書店 アウトドアコンシェルジュ。
前職のアウトドアメーカーでの知識を生かして
選書を行い、自らもとにかくアウトドアが大好きな2児の母。
子どもから大人まで楽しめるアウトドアイベントも多く企画運営している。

>>湘南T-SITE 湘南蔦屋書店ホームページはこちら

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前職のアウトドアメーカーでの知識を生かして
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