東京ではたらく

盲導犬訓練士:五百澤(いおざわ)朋子さん(31歳)

  • 文 小林百合子 写真 野川かさね
  • 2019年2月7日

  

職業:盲導犬訓練士
勤務地:横浜
仕事歴:5年目
勤務時間:シフト制
休日:不定期

この仕事の面白いところ:決まった答え・正解がないところ
この仕事の大変なところ:自分の判断が相手の命に関わるという緊張感の中で、想像力と決断力を求められること

    ◇

公益財団法人日本盲導犬協会で盲導犬訓練士として働いて5年目になります。私が今やっている仕事をするためには二つの資格が必要なのですが、「盲導犬訓練士」とは犬を訓練する技術についての資格、もうひとつの「盲導犬歩行指導員」は、視覚障害者の方に盲導犬と歩く技術を指導するための資格です。

盲導犬訓練士になるために、まず日本盲導犬協会に付設された盲導犬訓練士学校を受験し、そこで3年間かけて勉強、盲導犬訓練士の資格を取得しました。その後は職員として働きながら実務経験を積み、盲導犬歩行指導員の資格を取りました。

私は職員になってから4年で盲導犬歩行指導員の資格を取得したので実務経験は5年目ですが、訓練士学校を含めると8年目ということになります。

訓練士は通常、3~5頭ほどの犬を担当します。私は歩行指導員としての業務もありますので、訓練をしながら共同訓練や認定後の盲導犬ユーザーへのサポートも行っています。盲導犬の候補となる犬は、1歳になるまではパピーウォーカーという飼育ボランティアさんの元で過ごし、トイレなどのしつけを含め、人との暮らし方や様々な社会経験を積ませていきます。この期間は盲導犬として大切な「人が好き」という部分を育てる大事な時期でもあります。

神奈川県にある訓練センター。盲導犬と視覚障害者(ユーザー)が一緒に訓練を行うための宿泊設備があり、盲導犬を希望する人は、新規であれば約1カ月ほどセンターに宿泊しながら、その期間に犬の飼育方法から歩行まで様々なことを学ぶ

そして1歳になる頃に訓練センターに戻り、私たちのような訓練士が本格的な訓練を始めます。

「犬の訓練」と聞くと、人間の言うことを聞かせるという一方的なイメージを持たれるかもしれません。日本盲導犬協会では「犬の教育」という考えのもと、人間に絶対的に「服従」するというのではなく、犬が自分の頭で考えて判断し、行動できるように教えていきます。

例えば道に障害物があったとして、それを右から避けた方がいいか、左から避けた方がいいか。視覚障害者(ユーザー)は目で見ての判断がしにくいため、事前に犬に指示を出すことができません。そのため、曲がり角や段差で停止したり、障害物をよけたりするという作業は、犬が環境を見て判断し行動することが求められます。ユーザーは犬と自分をつないでいるハーネスから犬の動きを読み、状況を判断していきます。

こんな話をすると、「犬が自分で考えて判断するなんて、できるんですか?」と驚かれることがありますが、はい、できます。もちろん最初からできるわけではありませんので、そこを訓練士が教えていくというわけです。

では、どんな風に教えていくかと言いますと、最初は遊びからなんですね。おもちゃを使った遊びやシット(座れ)・ダウン(伏せ)などの指示を通して、もっとも基本的な指示である「グッド(Good)」と「ノー(No)」の意味から教えていきます。

犬の訓練の様子。五百澤さんが犬舎をのぞくと、待ってましたとばかりに犬が飛び出してきた。「犬たちにとって訓練は遊びの延長なんですよ」

たとえば遊びの中で犬が楽しそうにしているときに「グッド」と言いながらよくなでてあげます。そうしていくと、犬は「グッド」=「楽しいこと」「褒めてもらえること」だと理解します。

一方の「ノー」ですが、これは決して頭ごなしに叱りつけるわけではなくて、「違うよ、もう一度考えてごらん」という意味。犬は楽しいことが大好きなので、「どうしたら楽しいことがおきるかな? どうしたら褒めてもらえるかな?」と考えるようになります。

例えば初めて段差で停止することを教える時は、まずは段差の前でこちらが犬を止めてよく褒めます。これを何回か繰り返すと「ここに来ると褒めてもらえる」と覚えて、段差前に来た時に犬が自ら止まろうとします。訓練士はそうやって犬が自分で考えるように仕向けて、考えたことをよく褒めていきます。

犬たちは「視覚障害者が転んでしまうといけないから、段差の前で止まらなきゃ!」なんて考えたりはしませんし、できません。「とにかく段差の前で止まると褒めてもらえる、楽しい!」と思って、徐々に段差の前で立ち止まるようになるんですね。

ですので、犬たちにとっては「段差探しゲーム」をしながらお散歩しているような感覚。犬が楽しく歩いてくれて、結果的に視覚障害者が歩行中の危険を回避できるというわけです。

実際の視覚障害者との歩行では、人が的確なタイミングで指示を出せるとは限りません。犬が段差前で止まろうと減速していることに気付かず「ゴー(Go、進め)」の指示を出してしまうことだって起こりえます。そんな時でも自分で考えることができるように教えていくと、犬は自信を持って段差で止まることを選択するようになります。

ハーネスをつけての訓練。ユーザーはハーネスから伝わってくる犬の動きから、周囲の状況を読み取り判断し歩行する

犬が正しく作業を学んだかどうかは、訓練士がアイマスクを着けて実際に歩行しながら確認します。訓練の進捗(しんちょく)段階によって何度か行いますが、最終的には訓練士も知らないコースを歩いたりもします。実際の場面に近い状況でも、犬が自分で考えて行動できるかを見ていくんですね。

こうした訓練は訓練センターの敷地内で行うこともありますし、実際に街に出て行うこともあります。犬によっては訓練の初日から街に出ることもありますし、緊張しやすい犬は静かな住宅地から始めたり、気が散りやすい子であればまずはセンター内でハーネスをつけない訓練から行ったりすることもあります。

すべての訓練には決まったカリキュラムがあるわけではなくて、それぞれの犬の性格に合わせて進めていきます。そういう意味で、訓練士には犬の性質や個性を見極める力がとても大切。そこがこの仕事の面白い部分でもあります。

現在の盲導犬の訓練では、10頭訓練して盲導犬になるのは3~4頭くらいと言われています。私たちは「盲導犬になれなかった犬」ではなくて、「盲導犬にならなかった犬」というふうに言うのですが、それは決して残念なことではないんです。

例えば医師と教師、どちらが優れているかを比較できないように、犬にだって優劣なんてないんです。ただ「向いていなかった」だけ。盲導犬の仕事をストレスなく、楽しんでできる性格の犬をしっかりと見極めていくことが、私たちの役割なんです。

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PROFILE

小林百合子(こばやし・ゆりこ)編集者

写真

1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

野川かさね(のがわ・かさね) 写真家

写真

1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。
http://kasanenogawa.net/

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