山崎亮 〈ハタラク〉をデザインする

何かできそうという「もぞもぞ感」 遠山正道(1)

  • 遠山正道×山崎亮(1)
  • 2013年10月24日
  

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 何のために働くのか。シアワセを生み出す働き方とは――。コミュニティデザイナーの山崎亮さんがホスト役となってハタラク・エキスパートたちとの対話を重ねる、連続公開対談「〈ハタラク〉をデザインする」。9月24日に開催された第3回のゲストは、スープ専門店「Soup Stock Tokyo」ほか、新しいコンセプトのリサイクルショップ「PASS THE BATON」などを展開する株式会社スマイルズ 社長の遠山正道さん。120分のトークライブの模様を5回にわたって紹介する。

43歳までに社長になる!と決めた

山崎亮 僕は「PASS THE BATON」という、遠山さんの会社が運営する新しいリサイクルのお店が大好きで、いつも買い物しているんですが、朝日新聞の人から「対談で話を聞いてみたい人は?」と聞かれて、真っ先に遠山さんのお名前を挙げたんです。
 大きな会社のご出身ですが、出向経験を積んで自ら会社を興していって。大企業だったら、そんなこと無理じゃないのと言われるようなことを、「いや、実はできるかもしれないな」というふうに感じさせてくれたのが遠山さんだったんです。今までの経緯と、どんなことに取り組んでこられたのかをお話しいただけますか?

遠山正道 簡単に経緯を話すと、慶應義塾大学を卒業してから85年に三菱商事に就職し、勤めて10年たった頃に、「このまま定年を迎えたら、自分は満足しないんだろうな」と、はっきり意識したんですね。何かやらなきゃと思いまして。
 それで、絵を描くのが好きな僕は、絵の個展をやることにしました。細かく話し出すと、90分コースの話になってしまうので端折りますが、ある人が背中を押してくれたり、時限を設けたほうがいいと助言をくれたりして、じゃあ1年以内に絵の個展をやろうということになった。ほとんど妄想です。でもそれが、現実化しちゃったんですね。

山崎 すごい!

遠山 それまで、絵といっても、イラストぐらいしか描いたことがなかったんですが、まずギャラリーを借りて。キャンバスに向かい、1年間で70点もの絵を描いたんです。おかげさまでうまくいき、「ああ、これで俺の夢が実現した」って言ったら、ある人から「そんな小さな夢には付き合っていられない。これは夢の実現じゃなくて、ここからがスタートだろう」と指摘された。それで、ああ、なるほどなと。
 でも、アーティストとして食べていけるなんて思っていないし、サラリーマンでそのままいっても調子が悪いなと思ったんです。そこで浮かんだのが、個人性と起業性という言葉。それらがともに実現できそうなのが食の小売業でした。

山崎 まずは、会社という組織の中で突破口を開いていったんですね。

遠山 はい。三菱商事というのはご存じのように、原料や製品、機械の輸出入といった基幹産業が主ですが、私はもっと自分でジャッジできるようなもの、手触り感のあるものをやりたかったんです。そこで、食や小売業にまつわる仕事ができないかと社内を見渡したところ社内には見当たらなかったので、三菱商事の関連会社の、日本ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)に目を付けました。でも、当時の私は情報産業グループの社員。いろいろ無理を言って、なんとかKFCに出向させてもらったんです。

山崎 そこからどうやって、新規事業を構想したんですか?

遠山 ずっと何か新しいことをやりたいなと思って考えていて、ある時、女性がスープをすすってホッとひと息ついているシーンが思い浮かんで。すごく大事なものに出会った感じがしたんです。
 そこで、いろいろアイデアを温めて、「1998年、スープのある一日」というタイトルをつけた、物語仕立ての企画書を3カ月ぐらいかけて書きました。それが97年。未来の出来事をさらに未来から振り返るという設定で、全部過去形で書きました。それを当時のKFCの社長が「面白い」とGOサインを出してくれて、1号店をお台場のヴィーナスフォートにオープンしたんです。

山崎 そこから、どんどん事業展開していったんですね。

遠山 1号店がいい感じでスタートしたのですが、僕は三菱商事に戻ることになって。戻ってからは三菱商事内で会社をつくりたいと、私も個人で出資して、今の「スマイルズ」という会社を設立しました。そこで「Soup Stock Tokyo」を始めて14年目になります。
 10年たったところで、オーナー経営者として独立するためにMBO(マネジメントバイアウト)をして、三菱商事から株を買わせてもらい、今は100%の株主であり、代表をしているわけです。MBOしたあとに、スープだけじゃなくて「giraffe」というネクタイのブランドや、「PASS THE BATON」というリサイクルショップ、それから「my panda」という、ツートーンをテーマにしたファッションブランドというように、いろいろな事業を立ち上げたり、拡大したりして今に至るという感じです。

山崎 MBOをしたのは、何年?

遠山 2008年。

山崎 そこから、いろいろな業態に展開して今は5年目ということですね。ところで、KFCに出向した時にはすでに、将来は独立して小売業をやっていこうと決めていて、その勉強をするために出向するというモチベーションだったのか、そうでもなかったのか、どっちなんですか?

遠山 出向した時、当時のKFCの大河原毅社長宛てに、手紙を書いたんですね。「三菱商事の遠山」じゃなくて「個人の遠山」としての私信です、と書いた上で、「私は43歳までに社長になりたいんです。だから、よろしくお願いします」とお伝えしたんです。

山崎 43歳? その数字の根拠は何だったんですか?

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PROFILE

遠山正道(とおやま・まさみち)

1962年、東京都生まれ。慶應義塾大卒。85年、三菱商事入社。97年、日本ケンタッキー・フライド・チキンへの出向を経て、2000年、三菱商事初の社内ベンチャー企業「スマイルズ」を設立。現在、「Soup Stock Tokyo」のほか、ネクタイの専門ブランド「giraffe」、新しいリサイクルショップ「PASS THE BATON」、ファッションブランド「my panda」を展開。近著に『成功することを決めた』(新潮社)。HP


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