葉山から、はじまる。

<39>完全予約制の「隠れ家カフェ」で薬膳料理

  • 文 清野由美
  • 2013年11月29日

 葉山町上山口、里山のふもとにある住宅地の中の一軒家。通りから見ると普通のお宅だが、庭先に回ると、「あらっ」と声をあげたくなる眺めがある。芝生が敷かれた庭の一角に、なにやらステキな東屋(あずまや)が立っているのだ。

 地面に石を敷き詰め、珪藻土(けいそうど)の壁に屋根を渡した東屋は、この家の女主人、横田美宝子さん(50)が完全予約制で開く「隠れ家カフェ」の舞台。そこでは、薬膳をベースにした創作料理がコースで供される。

 たとえば秋のある日のメニューは、「バターナッツと鳴門金時のカレー味スープ+スプーンパイ」にはじまって、「有機天然酵母カラフルベーグルの潤い果実カナッペ」、「黒米と黒豆入りポークローフ」、「愛媛玉葱(たまねぎ)とピンクペッパーのキッシュ」、「徳島蓮根(れんこん)としいたけのすだちご飯」などなど。デザートも含めて12種類以上の料理が次々とテーブルに運ばれてくる。

 横田さんが「養生フーズ」と名付ける料理の食材は、地元産を中心に、内外の生産者からフェアトレードで調達したもので、実に40品目以上に上る。食材が持つ四季折々の養生効果を考えながら、ていねいに調理された品々は、それぞれ素材の色が映えてカラフル。見た瞬間から心が躍る。

「安心、安全なことは当たり前と考えて、そこに、食べた方がハッピーになる色と形という“栄養素”を加えたいんです」

 ふんわりとやさしい雰囲気をまとった横田さんが語る。

 葉山の一軒家は自宅であると同時に、横田さんが経営する会社「3・SUN・TREASURE」の拠点でもある。同社の業務は、焼き菓子・お弁当のデリバリーやケータリングにはじまり、フード・コーディネートやレシピ開発、イベント企画など多岐にわたる。「隠れ家カフェ」はその一環だ。アットホームなおもてなしとはいえ、奥さまの趣味の延長ではなく、プロとして取り組むものである。

 平塚市で生まれ育った横田さんは、服飾分野の短大を卒業後、スウェーデンに半年間遊学し、染色、刺繍(ししゅう)をはじめテキスタイル全般を勉強した。1980年代には、東京のテキスタイル専門学校で講師を務め、また、ファッションビルのディスプレーの仕事も次々とまかされていた。

「やったら、やっただけ返ってくる手ごたえ」が楽しくて、25歳で会社員のご主人と結婚した後も、仕事には夢中で取り組んだ。

 ところが、30歳で長女を妊娠したときに腫瘍(しゅよう)が見つかり、長期入院を余儀なくされて、仕事が一気になくなった。

「戦うようにして一生懸命、仕事をしていましたが、このとき、そんな生き方がいったんリセットされたんですね」

 時代に乗るだけではなく、将来にわたって取り組める自分の仕事を真剣に考えた。

 そのころ、知り合いのギャラリー・オーナーから、「オープニング・パーティー用に何かおいしいものはないかしら?」と相談されることがあった。当時は、おしゃれな空間に見合う立食用の料理があまり出回っていなかった。オーナーの悩みを聞いてひらめいた横田さんは、自身の創意を生かしたケータリングに取り組むことを決心。マクロビオティック、薬膳、お菓子づくりと、独学に加え、料理教室にも通って、研究を重ねる。

「染色とお料理は、似ているんです。たとえば草木染をするとき、植物によっては最初に煮出した一番汁だと色がきれいに出ない。それを捨てて、二番汁、三番汁で、透明感のある色を出していきます。刺繍やパッチワークも、自分の手を細かく使ってイメージ通りの作品に仕上げていきます。ですから、私の中では、染色から料理へのシフトはごく自然でした」

 そんな作り手としての想像力を広げてくれるのが、里山に囲まれた葉山の家だった。

写真特集はこちら

(→後編に続きます)

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PROFILE

清野由美(きよの・ゆみ)

ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)など。「『葉山から、はじまる。』取材者だより」はこちらから。


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