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〈おわび〉

 朝日新聞は東京電力福島第一原発事故の政府事故調査・検証委員会が作成したいわゆる「吉田調書」を、政府が非公開としていた段階で独自に入手し、今年5月20日付朝刊で第一報を報じました。その内容は、「東日本大震災4日後の2011年3月15日朝、福島第一原発にいた東電社員らの9割にあたる約650人が吉田昌郎所長の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発に撤退した」というものでした。吉田所長の発言を紹介して過酷な事故の教訓を引き出し、政府に全文公開を求める内容でした。

 しかし、その後の社内での精査の結果、吉田調書を読み解く過程で評価を誤り、「命令違反で撤退」という表現を使った結果、多くの東京電力社員らがその場から逃げ出したかのような印象を与える間違った記事だったと判断しました。「命令違反で撤退」の表現は誤りで、記事を取り消すとともに、読者及び東電のみなさまに深くおわびいたします。(2014年9月11日)

     ◇

 東京電力福島第一原発の9割もの所員がなぜ、所長の待機命令に違反して現場を離脱したのか。「吉田調書」などをもとに当時を再現する。

公開を覚悟し証言

 吉田調書には、第一原発所長だった吉田昌郎氏が第1回聴取で「お話しいただいた言葉はほぼそのままの形で公にされる可能性がある」と通告され、「結構でございます」と即答したことが記録されている。吉田氏は自らの発言が公になることを覚悟していたのだ。

 2011年3月14日午後6時28分、吉田氏は免震重要棟の緊急時対策室にある円卓の自席で、2号機への注水に使っていた消防車が燃料切れで動かなくなったという報告を聞いた。

 原子炉の圧力がやっと下がり、冷却水が入れられるようになった矢先のトラブル。原子炉格納容器が壊れる恐れがあり、吉田氏は「1秒1秒胸が締め付けられるような感じ」と聴取で振り返っている。廊下に出て誰もいないことを確認し、PHSの番号を押した。

 「9109……」。一番つながりやすかった東電本店経由でかける方法だ。本店の頭越しにかけた電話の先は、細野豪志首相補佐官だった。

 「炉心が溶けてチャイナシンドロームになる」

 チャイナシンドロームとは高温で溶けてどろどろになった核燃料が鋼鉄製の格納容器に穴を開けることで、全てを溶かして地球の裏側へ進む架空の事故を題材にした映画の題名が由来だ。

 吉田氏は続けた。

 「水が入るか入らないか賭けるしかないですけども、やります。ただ、関係ない人は退避させる必要があると私は考えています」

 「1号、3号と水がなくなる。同じようなプラントが三つでき、すさまじい惨事ですよ」

 細野氏は「所長の言う緊急事態というのはよく分かりました。ただ、まだあきらめないで頑張って下さい」と言った。

 吉田氏は「退避を考えた方がいい」と東電本店にも電話で伝えた。

 「2号機はこのままメルト(炉心溶融)する」

 「放射能が第二原発に流れ、作業できなくなる」

 吉田氏からの深刻な報告に、東電本店は撤退準備を急いだ。福島第二原発への撤退のタイミングなどを盛り込んだ「退避基準」の作成や、緊急時対策室を第二原発へ移す検討を始めた。

 吉田氏は聴取で「清水(正孝)社長が撤退させてくれと菅(直人)さんに言ったという話も聞いている」と証言している。

 吉田氏も事故対応とかかわりの少ない人の撤退には動いた。下請け作業員を帰らせ、第二原発に移動するバスを手配した。「樋口君という総務の人員」を呼び、「運転手は大丈夫か」「燃料入っているか」「(バスを)表に待機させろ」と指示したという証言が吉田調書にある。

 福島第二への撤退準備は着実に進んでいた。後はタイミングだった。

線量上昇せず、待機命令

 翌15日も事態は好転しなかった。2号機の核燃料が壊れているという試算も伝えられた。午前3時12分には中央制御室の伊沢郁夫当直長から「炉への注水はできていないと推測している」と報告が届いた。

 そして、午前6時すぎ。衝撃音が緊急時対策室に響いた。吉田氏は白い防災ヘルメットをかぶった。

 2号機の格納容器下部の圧力抑制室の圧力が「ゼロになったという情報」と「ぽんと音がしたという情報」が、中央制御室からほぼ同時に入ってきた。

 2号機格納容器の爆発が疑われる事態だった。

 計器を確認させると、格納容器の上部側の圧力は残っていた。吉田氏は「(格納容器が)爆発したということはないだろうな」と思ったが、圧力計が壊れている可能性は残るため、「より安全側に判断すれば、それなりのブレーク(破損)して、放射能が出てくる可能性が高い」と考えた。

 吉田氏は一方で、構内や緊急時対策室内の放射線量はほとんど上昇していないという事実を重くみた。様々な情報を総合し、格納容器は壊れていないと判断。現場へすぐに引き返せない第二原発への撤退ではなく、第一原発構内かその付近の比較的線量の低い場所に待機して様子を見ることを決断し、命令した。

 ところが、その待機命令に反して所員の9割が第二原発へ撤退した。吉田氏は「次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2F(第二原発)に行ってしまいましたと言うんで、しょうがないな」と思ったとも聴取で語っている。

 吉田氏が驚いたのは、第二原発に離れた中にGMと呼ばれる幹部社員がいたことだ。東電の社内規則は過酷事故発生時に原発の運転員を束ねる当直長に助言する支援組織を立ち上げ、部長級の所員やGMがメンバーに入るとしている。そのメンバーが離脱していれば規則違反だ。

 吉田氏は連絡を入れ、こう命じた。

 「まずGMから帰ってきてくれ」

公式見解、切り張り

 吉田調書に基づく当時の再現は、東電の公式見解が都合の悪い事実に触れていないことを示している。

 朝日新聞が入手した東電の内部資料には「6:42 構内の線量の低いエリアで退避すること。その後本部で異常でないことを確認できたら戻ってきてもらう(所長)」と記載がある。吉田調書と同じ内容だ。命令の少し前に「6:34 TSC(緊急時対策室)内線量変化なし」と報告があったとの記載もあった。

 東電は自らの事故調査報告書で、同じ内部資料から「一旦(いったん)退避してパラメーターを確認する(吉田所長)」「最低限の人間を除き、退避すること(清水社長)」「必要な人間は班長が指名(吉田所長)」という部分だけを引用し、次のような公式見解を示した。

 《吉田氏が一部退避を決断→清水社長が確認・了解→約650人が第二原発へ退避し、約70人が残留》

 これは、適正な手続きで第二原発へ撤退したという印象を与えるものだ。

 しかし、吉田氏が最終的に「すぐに現場に戻れる第一原発構内へ一時退避して待機する」よう命じたことを、東電は報告書に記さなかった。幹部社員を含む所員9割の「命令違反」の事実は葬られたのだ。

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東電「第二も視野に入れた指示」

 東電広報部は、第二原発に撤退した中にGMがいたことを認めた上で、「一時退避した所員の具体的な内訳は集約していない」として具体的な役職など詳細は明らかにしなかった。吉田氏の待機命令に違反したことについては「吉田所長の指示は、構内に線量の低いエリアがなければ第二原発も視野に入れて退避せよというもので、第二原発への一時退避は指示に違反していない」とし、吉田調書と異なる回答をした。

 政府事故調の畑村洋太郎・元委員長は「外に出すべきものは報告書にみんな入れたつもりだ。報告書に載せたこと以外は口外しないのが約束だ」と取材に答えた。

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担当記者はこう見た

 暴走する原子炉を残し、福島第一原発の所員の9割が現場を離脱したという事実をどう受け止めたら良いのか。吉田調書が突きつける現実は、重い課題を投げかけてくる。

 吉田氏は所員の9割が自らの待機命令に違反したことを知った時、「しょうがないな」と思ったと率直に語っている。残り1割の所員も原子炉爆発の場合の大量被曝を避けるため、原子炉を運転・制御する中央制御室でなく、免震重要棟2階の緊急時対策室にほぼ詰めており、圧力や水位など原子炉の状態を監視できない時間が続いた。

 吉田調書が残した教訓は、過酷事故のもとでは原子炉を制御する電力会社の社員が現場からいなくなる事態が十分に起こりうるということだ。その時、誰が対処するのか。当事者ではない消防や自衛隊か。原発事故に対応する特殊部隊を創設するのか。それとも米国に頼るのか。

 現実を直視した議論はほとんど行われていない。自治体は何を信用して避難計画を作れば良いのか。その問いに答えを出さないまま、原発を再稼働して良いはずはない。(木村英昭)