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 作家のいとうせいこうが、読者によって内容を変えるパーソナライズ小説『親愛なる』を刊行した。名前や住所など購入時に入力した個人情報を元に、世界に1冊だけの本をつくる仕組みだ。「源氏物語の時代、本は1点モノだった。最新技術を使って、『私だけの物語』という、うっとりする感覚を取り戻したい」

 パーソナライズは、ネット上での検索・購入履歴などを参考に、通販でおすすめ商品を表示したり、個人に最適化したニュース記事を配信したりする技術で、近年注目を集めている。出版界では名入れ絵本などの例があるが、小説に活用するのは珍しい。

 『親愛なる』は元々『黒やぎさんたら』というタイトルで1997年にメール配信小説として発表された。主人公の作家に届いたメールから物語が展開し、小説内でもう一つの小説が始まるメタフィクションだ。当時からパーソナライズを導入し、読者によって異なる内容のメールを送っていたという。

 いとうの手もとにも小説のデータは残っていなかったが、ツイッターのフォロワーにデータを保管している人がおり、そこから今回の復刊につながった。

 電子書籍ではなく、あえて紙で復刊しようと提案したのはクリエーターの伊藤ガビン。「本の中に自分の名前が出てくるとギョッとする。個人情報入りだから落っことすわけにいかないし、ブックオフにも売れない。ネットではパーソナライズが常識だけど、紙でできたら面白いぞと」

 パーソナライズといっても筋立てまで変わるわけではないが、「主人公の名前を購入者の名前に置き換える」といった単純なものでもない。さりげなく、意外な形で個人情報が生かされており、それが現実と虚構の境界を揺さぶる。

 いとうは「更級日記を書いた菅原(すがわらの) 孝標(たかすえの) 女(むすめ)は、当時希少だった源氏物語にビリビリくるものを感じた。大量生産の商品ではなく、コミュニケーションツールとしての書物の可能性を復権できたら」と語る。

 31日までの期間限定発売。これまでに約1700部の注文があったという。挿絵は3人のアーティストが手がけるが、誰のものになるかはお楽しみ。申し込みはホームページ(http://bccks.jp/special/seiko別ウインドウで開きます)で。東京の八重洲ブックセンター本店で注文すると、先着で25日のサイン会に参加できる。(神庭亮介)