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 オウム真理教が1995年に起こした東京都庁郵便小包爆発事件で、爆薬の原料を運んだとして殺人未遂幇助(ほうじょ)などの罪に問われた元信徒・菊地直子被告(42)の裁判員裁判の判決が30日、東京地裁であった。杉山慎治裁判長は「運んだ薬品が人を殺傷することに使われる危険性を認識していた」と述べ、懲役5年(求刑懲役7年)を言い渡した。被告側は即日、控訴した。

 菊地被告は5月8日に始まった公判で、薬品を運んだことは認めたが「爆薬になるとは知らなかった」と無罪を主張していた。

 判決は、菊地被告は3回にわたって「劇物」などと記された薬品を元教団幹部・井上嘉浩死刑囚(44)らの潜伏先に運んだと認定。「薬品で危険な化合物が作られることを容易に想像できた」と述べ、殺人未遂幇助罪が成立するとした。ただし、「爆発物が製造されるとまでは認識できなかった」として、爆発物取締罰則違反幇助罪の成立は認めなかった。

 爆発事件は、元教団代表・松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(59)の逮捕を阻止して捜査を攪乱(かくらん)しようと、井上死刑囚らが計画したと指摘。「教団施設からの薬品の運び出しは重要な行為で、被告の刑事責任は重い」と非難した。

 判決の言い渡し後、裁判員3人が会見。30代の男性裁判員は「19年前の事件で、被告や証人の記憶も薄れていて、事件を解明していくのが難しかった」と話した。また、事件で左手指を失った元都職員の内海正彰さん(63)は「被告は判決の重みをしっかり受け止め、罪を償ってほしい」とのコメントを出した。(石川瀬里)