【動画】平和への思いを語る川崎優さん=佐藤達弥撮影
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神奈川県茅ケ崎市(広島) 川崎優(まさる)さん(90) 陸軍船舶部隊員

 (1)原爆は一瞬で多くの人を殺害し、傷つけました。この69年間、忘れることができない当時の体験、光景は何でしょうか。

 東京音楽学校2年の時に学徒出陣で広島輜重(しちょう)第2部隊に入隊。肺浸潤を患い、被爆当時は西観音町の親類宅で療養していました。

 原爆で家屋の下敷きになり、残骸からはい出て倒れているところを近所の人が川べりまで運んでくれました。左耳の下に大けがを負い、小学校の校庭で麻酔なしの手術を受けました。音楽家の夢をくじかれたと思いましたが、左耳に「プーン」という蚊の羽音が聞こえ、「耳は無事だ」と希望がわきました。

 広島県八幡村(現・広島市佐伯区)の疎開先から母親に会わせたいと連れ帰っていた小学生のいとこ2人が亡くなりました。僕が連れてこなければよかった。本音を言うと忘れたい。

 (2)原爆は長い間、被爆者を苦しめ続けました。被爆してから現在まで、恐怖や不安、怒りを感じたことはなんですか。

 終戦直後も下痢やめまいに悩まされ、ガード下を歩いていて電車が「ゴーッ」という音をたてて通過すると、なぜか冷や汗が出ました。死にいたるとまでは考えませんでしたが、何かの病気になるんじゃないかという不安がありました。

 (3)原爆投下から69年がたとうとしていますが、核兵器はなくなりません。どう思われますか。次の世代を担う人たちにどんなことを伝えたいですか。

 戦後に作曲家になり、被爆者の鎮魂の曲「祈りの曲 第一哀悼歌」を75年に完成させました。広島市に寄贈し、毎年夏に広島である平和記念式典で演奏されています。吹奏楽の通奏低音にふつふつとした怒りを込め、最後の鐘の音で死者への祈りを表現しました。

 これは私の核廃絶への叫び。核兵器は瞬時に一般の市民をたくさん殺してしまう。放射能はのちのちまで健康に影響を及ぼす。私も被爆で左耳後ろに長さ10センチのケロイドができ、2005年に手術で摘出するまで「悪魔の爪痕」が残りました。化学・生物兵器は国際的に禁止されていますが、核兵器だけが例外となっています。次世代には、核兵器を持つのは絶対にやめろといいたい。

 (4)東日本大震災で原発事故が起き、たくさんの人が放射能への不安を抱えて苦しんでいます。こうしたなか、原発を再び動かそうとすることをどう思われますか。

 言語道断、やめろといいたい。原爆も原発も、ひとたび過ちが起きれば取り返しのつかない結果を招く。太陽光など自然エネルギーを開発する方がよい。核は恐ろしいもの、危険なおもちゃです。原発も、人間にはコントロールしきれないはずです。

 (5)安倍晋三首相は自衛隊が海外の戦争に加われる国になることをめざしています。賛成ですか、反対ですか。理由も教えてください。

 反対。他国どうしの戦争に加わるというのは相手国に自分からけんかを売ることであり、相手から仕返しされます。お互いに仲良くしなければならない。戦争の過ちを二度と繰り返してほしくない。(聞き手・佐藤達弥)

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