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 1944年に日本軍がインド北東部インパールの占領を目指し、多くの死者を出した「インパール作戦」から70年。地元の人々が、激戦地の跡を調査し、散逸しつつある記録と記憶を掘り起こそうとしている。地元政府も本格的な戦争資料館の建設に向けて支援に乗り出すなど、史実を刻む動きが広がっている。

 インパール市内の住宅地。表通りから未舗装の路地を進んだところにある民家の2階を訪ねると、鉄かぶとやさびた銃、不発処理された砲弾や戦闘機の座席とみられる部品、当時の写真など約200点がずらりとならんでいた。

 ここに住むアランバム・アンガンバさん(41)が、友人のユンナム・ラジェシュワルさん(36)らと資金を出し合って今年4月に開いた私設の「インパール戦争資料館」だ。

 アランバムさんはインド軍将校を父に持ち、インパールで行われた戦争に以前から関心があった。一方、ユンナムさんは「戦争が起きて山中を逃げ惑った」と語る祖父母の話を聞いて育ったが、戦争の実態はよく知らなかった。

 地元ではインパール作戦は「日本戦争」と呼ばれているが、広く語り継がれてはいない。2人は「すべてが失われる前に、自分たちの手で何が起きたかを調べよう」と、5年ほど前からインパール周辺で戦跡の調査を始めた。戦史などの資料を集め、戦闘の行われた現場を特定し、塹壕(ざんごう)のあとなどを発掘してきた。

 兵器類だけでなく、日本兵が持っていたとみられる女性の写真や、「二六〇一」や「昭一七」といった製造年が刻まれた水筒などがみつかった。2人は共同で2009年に「第2次大戦インパール作戦財団」を設立。さらに仲間を集めた。調査活動を続けるうち「2014年の作戦70周年にあわせ、犠牲者を追悼する式典を開くべきだ」と思い至った。

 アランバムさんらは今年3月2…

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