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 急な仕事で子どもを預けないといけない。ひとり親で収入は少なく、頼れる人も限られている。一体どうすれば良いのか。

 3月、インターネットで見つけたベビーシッターに預けた男の子が、遺体で見つかるという痛ましい事件が起きた。横浜市の山田龍琥(りく)くん(当時2)。母親(22)は取材に「助けてあげられなかった。ごめんねってしか、言えないです」と語った。

 一人で龍琥君と1歳の次男を育ててきた母親にとって、生活は楽ではなかった。親元で暮らしていたが、父は病気を患い、生活保護を受けている。親にこれ以上頼るのも難しい状況だった。

 ネットで見つけたシッターに預けたのは、我が子のために少しでも働きたかったからだ。シッターの男(26)は7月、龍琥くんへの殺人容疑で再逮捕された。

 事件発覚当時、一部のネット利用者がブログなどに書き込んだのは「母親の責任」だった。

 東京都杉並区の田中裕太郎区議は「ベビーシッター事件に思う」と題して、ブログに「大切な子宝を乳飲み子のうちから赤の他人に預けてはばからない風潮は、なぜ当然のようにまかり通っているのでしょうか。こんな風潮は、そろそろ止めにした方が良いと思うのです」と記した。母親の責任を問う書き込みは批判を浴びる一方、支持する書き込みもあった。田中氏に取材を申し入れたが、応じなかった。

 新党大地代表の鈴木宗男元衆院議員も当時「親として無責任な面があったのでは」とブログで問うた。鈴木氏はいまも考えを変えていない。取材に対し「父親であろうが母親であろうが親としての責任はある」とした上で「子どもを人様に無防備で預ける感覚が分からない。女性には、男にはない愛情や優しさがある。子どもを守るのが女性の自然な姿。ベビーシッター事件の女性の取った態度は全く不可解だし納得できない」と答えた。

 週刊誌には母親を中傷する記事も出た。悲嘆に暮れていた母親は二重に傷ついた。

 私たちの社会には「子育ては家庭でやるもので、主に母親の役割」という「隠れた意識」があるのではないか。その意識のなかで、保育環境の整備といった公的な支援策は乏しい状態が続いてきた。東京大の大沢真理教授は「日本は『男性は稼ぎ、女性は家で子育てや家事をする』という考え方が前提になっている。この仕組みが、女性や母子家庭の貧困を深めている」と語る。

 ひとたびシングルマザーになれば、男性という「稼ぎ手」不在のまま、多くは低賃金労働で家計をなんとか支えながら、子育ての責任を一身に背負う。それがシングルマザーの家庭を追い詰めている。(今村優莉、今村尚徳)

月収5万円 子守、誰に頼めば

 2歳の龍琥(りく)くんを失った母親は、子育てをしながら、少しでも収入を増やそうと懸命になっていた。

 幼い2人の育児のため、昨夏からの飲食店勤務を週2回に抑えていた。月の収入は5万円ほど。生活費を出すと手元には残らず、貯金はほぼなかった。

 3月14日はもともと、幼い2人を連れ、ママ友数人とディズニーランドに遊びに行く計画を立てていた。翌月に3歳を迎える龍琥くんへのお祝いだった。だが、友人の子どもが熱を出し、前日に中止したのだと、友人の1人は明かす。

 急に予定が空いた母親は、勤め先に願い出て働くことにした。午後8時から翌日午前2時ごろまでの勤務。ホワイトデーでもあり、来店客が多く手取りが増えると思ったからだ。龍琥くんが3歳になったら、習い事をさせたいと考えていた。「だから、少しでも貯(た)めたかった」

 夜遅くまでの勤務。病気の実父に子守はお願いしづらかった。頼ったのが、インターネットのベビーシッター紹介サイトだった。

 死体遺棄容疑で逮捕=7月1日に殺人容疑で再逮捕=されたベビーシッターの物袋(もって)勇治容疑者(26)には、昨年、1度預けたことがあった。帰ってきた子どもの背中にはあざがあり、問いただしたが説明が不自然だった。二度と預けないと決めていた。きちんとした女性シッターを探そうと、スマートフォンでネット上のサイトに書き込みを始めた。

 「子ども2人を預かってくれる方はいませんか」「余裕がなくて、そんなに出せませんが……」。事件前、母親が慌てた様子で書き込みしていたのを、同じサイトを使うシッターの女性(38)はよく覚えている。

 「ヤマモト」と名乗るシッターが連絡してきた。「今子どもが入院しているの」と女性の口調で、絵文字も使ってきた。母親は、子育て中の女性シッターだと思い込んだ。

 ところが当日、待ち合わせ場所のJR新杉田駅(横浜市)の改札口に現れたのは、男だった。ただ、その男にも以前預けたことがあり、面識があった。「僕はちょっと預かるだけです。その後はヤマモトさんに預けます」と言った。「変だな」とは思ったが、勤務を入れていて後にはひけなかった。「バイバーイ」と手を振った龍琥くんは、少し寂しそうだった。「ヤマモト」が、偽名を使っていた物袋容疑者だったとは知るよしもなかった。母親は言う。「あの人だと分かっていたら、絶対に預けなかった」

 事件当時、母親は児童扶養手当を受給しておらず、子どもの父親から養育費は払われていなかった。どこに相談に行けば良いのか思いつかず、急に、安く預かってもらえると利用したネットの先には闇があった。「困ったとき、誰が助けてくれるのか、何を信用して良いのか、私は分からなかったんです」。少ない生活費をやりくりしながら、子育てしていた母親に、公的な支援は行き届かなかった。

払われぬ養育費、厳しい生活

 母親がインターネットのサイトでシッターを探したのは、シッター派遣会社を通すと1時間2千~3千円する代金が、ネットなら1時間500円という低価格もあるからだ。

 大阪府に住む女性(29)は、夫の暴力や借金が原因で25歳のときに離婚した。当時、2歳と3歳の息子を育てるシングルマザーになった。朝から夜7時までは美容関連の仕事をし、夜9時から午前1時までは飲食店でアルバイトをした。

 子どもを預けるときに頼ったのはネット上のシッターサイト。当時の飲食店のアルバイト代が時給1100円で、それよりは安く預けたかったからだ。「安いシッターはネット上でしか見つけられなかった」と振り返る。

 日本で123万8千世帯に上る母子家庭の暮らしは厳しい。

 厚生労働省によると、母子世帯の母親が働いて稼ぐお金は年間平均181万円。日本のシングルマザーは8割以上が働く。就労率6~7割程度の欧米よりも勤労世帯の割合が高い。生活保護を受けるのは約1割にとどまる。健康で働ける人たちには、国はまずは就労を促すからだ。

 働いているにもかかわらず、日本の母子家庭は貧しい。母子世帯のうち、収入が125万円に満たない「貧困層」の割合は、およそ半数の48・2%にのぼる。先進国で最悪のレベルだ。

 日本の母子家庭の貧困度合いが突出しているのは「男は稼ぎ手、女は家。女性は働いても家計の補助」という「隠れた意識」が根強いなかで、女性労働者が低賃金労働に置かれていることが大きい。女性の4割は年収200万円以下だ。

 母子家庭の貧困の裏側には、離婚後に養育費を払わない父親の姿もある。

 DVから金銭トラブルまでさまざまな相談にのる公益社団法人「日本駆け込み寺」の玄秀盛代表(58)は10年前に離婚。だが養育費を払ってこなかった。「借金を抱え、それどころじゃなかった。自分のせいで子どもたちに進学を諦めさせてしまった」と悔やむ。

 日本で離婚する世帯で、8割は母親側が子どもを引き取る。日本の母子家庭の収入に占める養育費の割合はわずかに3%。日本では裁判所を通さない協議離婚が9割を占め、養育費の取り決めをしない場合が多いからだ。米国では養育費は収入の1割にのぼる。滞納者には自動車運転免許の停止などの強力な措置がある。スウェーデンには養育費を政府が立て替え払いする制度もある。

 宇都宮市の女性(41)は14…

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