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 49歳は慎重に、かつ大胆に投げた。5日、今季初登板、初先発でプロ最年長勝利を挙げた中日の山本昌。いまだ130キロ台半ばを維持する直球と、「伝家の宝刀」スクリューボールやカーブなど多彩な変化球で阪神打線を翻弄(ほんろう)した。プロ野球が生まれて80年。新しい歴史の一ページを、その左腕で刻んだ。

 中日や近鉄など複数球団の投手コーチとして多くの投手を指導し、横浜(現DeNA)では監督も務めた権藤博さん(75)は驚きと親しみを込めて、山本昌を評する。「ひとことで言うとオバケ。練習だけで積み上げてきた。執念が違うよ」

 2012年、中日の投手コーチになった権藤さんは初めてコーチと選手として山本昌と接した。「身長が180台半ば、体重は100キロ近くある。あの大きな体を動かすから、今でも直球が135キロ出る」。驚いたのは練習量だ。「投手練習が休みの日でも、必ず走って体を作っている。だから、スピードが落ちない」

 この直球が投球術の柱になる。「打者はみんな昌を速球投手と思っている。みんな昌の直球にプレッシャーを受けているんだ」。スクリューに代表される変化球と、精度の高いコントロールから技巧派と思われがちな印象を否定する。

 山本昌は、ドラフト下位指名ながら練習量で今の地位を築いた。「たたき上げ」の姿を権藤さんは馬に例える。「あいつはサラブレッドでも、アラブでもない。農耕馬だ。農耕馬が最後まで働くように、昌はバテずに最後まで投げるんだ」。直球が135キロ出るうちは、現役を続けてほしいと願っている。

球団代表「通用する限り投げて」

 《中日・西山球団代表》 「山本昌は落合GMから『杖をついてでも50歳まで投げろ』と言われている。僕も通用する限り投げてほしいと思っているし、きょうはそれを証明してくれた」

     ◇

 〈やまもと・まさ〉 本名は山本昌広。1965年8月11日、東京都大田区生まれ、神奈川県茅ケ崎市育ち。小学3年で地元の野球チームに入り、日大藤沢高を経て84年にドラフト5位で中日に入団。4年間は勝利がなく、88年8月30日の広島戦で初勝利。93、94、97年に最多勝。93年は最優秀防御率、94、97年には最優秀投手となり、94年には沢村賞を受賞。97年には最多奪三振に輝く。2006年9月16日の阪神戦では無安打無得点試合を達成した。

山本昌が5日、49歳0カ月で更新した最年長記録

登板(浜崎真二=阪急=48歳10カ月)

勝利(浜崎48歳4カ月)

先発(浜崎48歳10カ月)

先発勝利(山本昌48歳0カ月)

奪三振(浜崎48歳10カ月)

出場(浜崎48歳10カ月)

先発出場(浜崎48歳10カ月)

打席(浜崎48歳10カ月)

山本昌がこのほかに持つ年長記録

完投(45歳0カ月)

完投勝利(45歳0カ月)

完封(45歳0カ月)

無四死球(43歳0カ月)

ホールドポイント(47歳1カ月)

※安打(48歳0カ月)

※打点(48歳0カ月)

※安打と打点はセ・リーグ記録で、プロ最年長は浜崎(安打は48歳9カ月、打点は48歳4カ月)

49歳で勝利、大リーグでも

 米国の大リーグの最年長勝利記録はジェイミー・モイヤーの49歳180日。山本昌と同じ左腕で、通算269勝を挙げて、昨季で引退した。

 野球以外の年長選手では、サッカーJ2の横浜FCに所属する三浦知良(47)が代表的な存在だ。男子バスケットボールの元日本代表、折茂武彦(44)はナショナル・バスケットボール・リーグ(NBL)のレバンガ北海道で社長兼選手としてプレーする。

 女子ホッケーの加藤明美(43)は2004年のアテネから3大会連続で五輪に出場。ロンドン五輪出場時には「最年長五輪女子ホッケー選手」としてギネス世界記録に認定された。馬術で五輪に3度出場した法華津(ほけつ)寛(73)も競技を続けている。