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 このところの映画に悩める父親の姿が目立つ。父親となるために、えらく回り道をしているようなのだ。スクリーンに映し出された姿から、父親とは何かを2回にわたり考えてみる。

 娘が失踪した。別れた妻から話を聞いた元刑事が捜索に乗り出したところ、優等生と思っていた娘の裏の顔が浮かび上がる。今夏公開の「渇き。」の父親は、しばしば「俺が父親だ」と叫び、行き当たりばったりにさすらう。そのわりに何も解決できず、最後は娘を「ぶっ殺す」ことが、父親であることの証明手段とばかりにふるまい始める。

 一方、娘に寄り添いすぎて禁断の関係に及んでしまう父親を描いたのは、今年のモスクワ国際映画祭最高賞の「私の男」。遠縁の娘を引き取り、16年にわたり関係を続けながら、娘と逃避行する父親を演じた浅野忠信は「内面が空っぽのまま生きていた男が、娘との暮らしのなかで生きる意味に気づいていくんです」と役柄について話していた。

 父親のセルフ・アイデンティティー(自己同一性)をサブテーマにした映画は同時多発テロ以降の米国にも見られると話すのは、『男らしさの社会学』の著書がある多賀太・関西大教授だ。「ファインディング・ニモ」(2003年)では、家族が襲われ唯一生き残った子の行方を求め、旅に出て成長する父魚が描かれる。あるいは「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」(11年)。テロで亡くなった父親が残した鍵に合う鍵穴を探して、少年が旅に出る。その過程で「父親」を確認するのだ。

 「中流クラスの男性が父として自信を取り戻すための物語が、近年増えているような気がします」

■責任に息…

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